能力の有効活用


 クリスとエミリーはマースリンと共に、ダンジョンを突破し、市街地に戻ってきた。

 時間はそうかからず、いまだに空には日が留まっている。

 気温も暑く、汗ばむ時間帯。

 日陰に避難してから、三人は話し合いを始める。


「これを誰が預かるかについてだけど」


 突き出した拳を開くと中から、控えめな大きさの玉が飛び出した。

 海を内包したような深い色をしている。

 内側から光っているかのように、神秘的だ。


「宝なら山ほど見てきたが、ここまで透き通った輝きを放つものは珍しい。売れば相当な値がつくな」

「売ったら駄目でしょ」


 身を乗り出すマースリンを、エミリーが鎮める。


「これはあたしたちが預かるべきよ」


 彼女は眉をキッとつり上げた。

 握りしめた碧色の玉に、執着を見せる。


「活躍したのはクリスだし」

「それは否定しないな。だが、私も頑張ったと思うのだよ」

「そうね。さすがは英雄と呼ばれるだけはあったわ」


 エミリーは素直に賞賛している。


「僕はどっちでもいいよ」


 クリスは半開きの目で、二人の討論を眺める。


「で、続きなんだけど。あたしたち二人は組んでるのよ。奪われるリスクは減ると思わない?」

「そうだな。宝玉を確保しておけば、相手が困る」


 マースリンは顎に指を添え、淡々と語る。


「いいな。それがいい」


 肯定と納得。

 すんなりと話がついた。


「それにしても、宝玉を拝める日が来るとはな。貴重な機会だ。目に焼き付けておこう」

「あんたでも見るのは始めてだったのね」


 目を丸くしつつ、問いかける。


「海の洞窟は禁じられた場だからな。侵入者は罰せられる」


 あっさりと繰り出された言葉を聞いて、急にエミリーが青ざめる。


「あたしたち、大丈夫?」

「別にいいだろ。なにか起きたら、そのとき対処すればいいし」


 クリスは気楽そうだ。


「あんたが言うと不安になってくるんだけど。あたしたち、取り返しのつかないことをやらかしちゃったんじゃ」

「別段、構わんのじゃぞ。わしの指示じゃし」


 瞬間、クリアな声が降り注ぐ。

 それは聖女が聞く神の声のように、彼らの耳に届いた。

 エミリーは口を閉じて、天を見上げる。


「よくやった。さすがはわしが見込んだ者たちじゃ。半分は知らぬ顔じゃが」


 群青色に澄み渡った空から、女が下りてくる。

 彼女の周囲には無数の羽が待っていて、天界の住民らしさを演出していた。

 頭上からは夏の日差しが差し込み、純金の頭髪が輝く。

 じりじりとした暑さの中、女は爽やかだ。日焼け知らずの肌は瑞々しくも、汗一滴かいていない。


 ほどなくして女は日向に足をつけ、人間たちを一瞥。

 澄んだ青の瞳の中で、エミリーはぽかんと顔を固めている。

 突如として虚空より現れた、謎の人物。


「紹介しよう。彼女は」


 マースリンが彼女を手のひらで差す。

 彼が口を開く前に、エミリーは自力で答えに至った。

 女の長く伸びた人差し指には、プラチナのリング。

 その指輪はすなわち――


「名はアウローラ。私を対抗者に選んだお方なのだよ」


 色黒の顔に浮かぶ、感謝の紋章。

 白いカーネーションを見せつけながら、彼は主張する。


「うむ! わしらは協力者じゃしな。仲良くやろうではないか」


 胸を張ってアピールすると、彼女は手を差し出す。


「じゃあ、畏れ多いけど」


 エミリーもおずおずと手を伸ばす。

 なお、握手を交わす前に、アウローラはブオンと姿を消した。

 転移である。


「なんなのよ、もう」


 手を引っこめ、頬を膨らます。


「すまないな。彼女は顔見せのつもりだったのだよ」


 苦笑いをしつつフォローをする。


「せっかく話をする機会だと思ったのに」


 エミリーの機嫌は直らない。

 そのとなりではクリスが遠くを見つめている。

 彼はアウローラに興味がなかった。


 退屈そうにあくびを漏らしたとき、不意に足音が聞こえてくる。

 ドドドドドド。

 誰かが走ってくる。

 先にリアクションを取ったのはエミリーだ。

 彼女が顔を上げた瞬間。


「ぅおらああああ!」


 大声を上げて、ナイフで斬りかかる。

 奇襲ではあったが、意味がない。


 さすがにクリスも敵に気づいて、武器に触れる。

 乳白色の剣を斧へ固定。

 同じタイミングでマースリンが長剣を抜く。

 刃を差し出し、ナイフを受け止めた。


 攻撃をガードするマースリンを横目に、相手の姿を確認する。

 ボロ衣をまとった盗賊らしき男だった。


 当の荒くれ者は後ろへ飛ぶ。

 距離を取りつつ、ナイフを握り直した。


「狙いは宝玉かな?」

「おうよ。さっさと渡しな!」

「それはできない相談だな」


 渡せと言われて素直に渡す者がどこにいるか。


「つべこべ言ってねぇで、言うこと聞けや!」


 ふたたび斬りかかる。

 実に喧嘩っ早い。

 即座にフランが対処。

 長剣を前に出した。


 男は土煙を立てながら、彼に迫る。

 両者が激突するかと、思われたとき。


「ん?」


 相手は足に急ブレーキをかける。


「おい、そいつは?」


 鋭い視線の先には宝玉。

 いつの間にかマースリンが握っていた。


「へ? なんで?」


 弾かれたように、そちらを向く。


「欲しいのなら渡してもいいのだよ」


 マースリンが堂々と拳を掲げる。

 途端に敵も味方もどよめき立った。


「血迷ったのかよ?」

「意味が分からねぇぞ。んな重要なもんをあっさり手放すやつがいるか!」


 警戒心を強める一方、悪いことでも思いついたのか、相手は口角をつり上げる。


「だったら受け取ってやらぁ! その腕ごとな!」

「え?」


 予想外の展開にエミリーが瞠目する。


「ちょっと待ってくれ」


 クリスが呼び止める。

 相手は聞いていない。

 凄まじい速度で距離を詰めると、ナイフを振り上げる。

 今まさに腕を切断するところ。

 刃が鋭い輝きを放った。


 ギリギリ、クリスが割り込む。

 斧でガード。

 ナイフの切っ先が分厚い刃をとらえる。


 交錯する二つの視線。


 激突。

 撃沈。


 ナイフは弾かれる。

 男は衝撃で吹き飛んだ。

 彼は尻もちをついた状態でクリスを睨む。


「渡すんならさっさと渡せや!」

「いや、腕ごと持っていこうとするやつがいるか」

「おっと、そうだった」


 妙なところで納得を見せる悪人。

 言われりゃそうだと、ナイフをしまう。


「約束は守る。オレは手を出さない」


 空いた手のひらを見せる。


 選択はマースリンに委ねられた。

 彼のことだ、考えがあるのだろう。

 失敗したときは知らない。

 ひとまずは赤髪の青年を信頼しつつ、斧を背負う。

 それは背中の上で、乳白色の剣に変わった。


「さあ、渡しな!」


 大きな口を開けて命令を飛ばす。

 両者は接近。

 青年が宝玉を差し出す。

 相手もゆっくりと手を伸ばした。


 両者の取り引きに、エミリーは介入しない。

 退屈な劇を見るような目で、眺めている。


「確かに受け取った。お前らは賢い判断をしたぞ。なにせこの俺は盗賊団の中でも、屈指の実力者だからな!」


 得意げにアピールすると、宝玉を懐にしまう。

 撤収。

 男が走り去る。

 三人はそれを黙って見送った。



 周囲をぬるい風が吹き抜ける。

 空を灰色の雲が漂い始めた。


「これでいいのかよ?」

「ええ」


 エミリーが唇を尖らせて答える。


「あれ? 君、作戦とか聞いてたんだっけ?」

「聞かなくたって分かるわよ。本物はあたしが持ってるんだから」


 クリスが困惑すると彼女はあきれたように話し、手のひらを開く。

 その中には海色の玉が収まっていた。


「ああー」


 気の抜けた声を出す。


「先ほど渡した宝玉は偽物なのだよ。模倣のスキルを使わせてもらった。さすがは機転が利く」


 自画自賛をするマースリン。

 クリスはすごいなーと、雑に流す。

 なにはともあれ窮地は脱した。

 三人は別れて、拠点に戻るのだった。

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