きっかけは春の夜

 諦めたわけではない。グラジオラスに貢献するためにも、投げ出すわけにはいかなかった。

 彼の狙いは傲慢。大罪を束ねるリーダー。同じ大罪なら相手の居場所を知っていると踏んだ。賭けていたし、期待もしている。

 嫉妬に関しては魔力を隠している時点で怪しい。仮にただの娘であったとしても、覚醒していないだけだ。であるのなら、強引に力を引き出すのみ。勝手に決めつけけしかけてみたが、結果はこのザマ。

 強く出れば情報を吐くものでもない。今、思い知った。


 ***


 始まりはリーダーの報告だった。


 拠点は中央南西のアームズベリー。昔は貴族の町であったが今ではすっかり、アウトローの巣窟だ。無法地帯にふさわしく、彼らの基地は薄暗い。怪しい雰囲気のその場所は、メンバーにとっての憩いの場。彼らはカードをいじったりメイクや掃除をしたり、自由な時間を過ごしていた。

 そのときギイインと低く重たい音がして、扉が開く。外から光が差し込み、地面に濃い影が伸びた。


「喜べお前ら」


 逆光を背に立つシルエット。謎の影は基地に足を踏み入れ、照明の輝きがその姿を浮かび上がらせる。

 派手な男だった。日に焼けたような肌を様々な色が彩る。唇は燃える橙、目元にはゴールド。数多の装飾品もきらびやか。

 長く伸びた頭髪は金に染まり、赤のメッシュが縦の縞模様を綾なす。

 彼は貴族の格好をしていた。ピークカラーと長めの丈が特徴のジャケットは、晴天に似た青色。薔薇色のシャツにネイビーの細いネクタイ。ベルトは太く、濃い赤のパンツを履き、同色のブーツで汚れた床を踏みしめる。廃墟のような空間も彼が通れば、舞踏会の会場に早変わり。

 男はいかなる場所でも様になる、華やかな容姿をしていた。


「面白い報告だ。俺は振られたぞ」


 婚約発表をするように晴れ晴れと、彼は言う。

 聞いてメンバーは「は?」と一言。一斉に顔をしかめる。

 彼らの反応には気にもとめず、男は口を開くと、流れるように詳細を話し始めた。


 ***


 数ヶ月前の春の夜。



 女たちは硬直し戸惑いながら、様子を見ていた。

 彼女らの視線の先には男が倒れている。華美な装いをしてはいるもののそれを見下ろす者は、彼よりもはるかに豪華だった。オールバックにした朱色の髪にターバンを巻きつけ、砂漠の国の宮廷服に袖を通している。露出した肌を飾るは数々の装飾品。鍛えられた肉体も相まって王の風格が漂う。

 腰には曲がった形の剣を挿しているが、鞘から抜いていなかった。


「天に疎まれし大罪を冠する者よ、泥にまみれた器を捨てよ。我が命令に従い鎖を断ち切り、あるべき場所へ回帰せよ」


 彼ならば詠唱は不要。独り言のように声を張り上げたのは、単なるノリだ。

 一方であたりは静まり返っている。引いたように下がろうとする女たちの様を含めて、この場には気まずい空気が流れていた。


「憤怒であればすでに逃亡済みだ」


 そのとき唐突に威厳のある声が生じて、皆が一斉にそちらを向く。


「軽率に“命令”するものではない。よりにもよって“神の敵対者"に強制をするものだから、反逆者精神を刺激したのだ」


 音を立てずに忍び寄る影。


「あなただな我々の封印を解いたのは」


 白い衣に黄金の鎧。闇夜にも関わらず彼の姿だけは、視認できる。まるで自ら光を放っているかのように。


「いかにも俺様はレオ! 国ではそう名乗っている! 貴様は何者であるか?」

「ルシファー。“傲慢”を冠する者だ」

「“傲慢”だとぉ?」


 大げさなリアクションをするなり、先ほど倒した男へ勢いよく視線を落とす。


「“憤怒”は彼を見限り、離れた。残っているのは器のみ」


 地べたを這う男には邪悪なる気配はない。魂が抜けているかのようだった。


「外れであったか。“傲慢”と踏んで喧嘩を売ったのだがな。しかし! こうして貴様がおびき寄せられたのだ! よしとしよう」


 彼は勝手にがっかりして、勝手に開き直ると、ガハハハと笑い始めた。


「健在のようでなによりだ」

「かつての天敵を相手に気さくではないか。いいや、さすがである!」


 それは皮肉ではなく心からの賛美だった。


「それで貴様はどうする? 挨拶をするために近づいたわけではあるまい?」

「生憎と悪人と組む予定はなかったのだが」


 影が迫る。雲の隙間から月が覗き、光がこぼれた。相手を照らす。どこまでも優雅で美しく、誰よりも戦いが似合う男を。


「あなたであれば適任だ。私の目的も叶うやもしれぬ」

「フン。“傲慢”であれば該当者がいるのである。悪魔を呼び出した罪で指名手配を受けた、あの!」

「彼は力を与えるに値しない。不相応かつ、邪道だ」


 いずれ退場する貴族トラウムを蔑みつつ、影は語る。


「そこに転がる男に関しては論外だ。彼は“傲慢”を気取る“憤怒”にほかならない。だが、あなたは違う」


 二人が対等に話をする一方で、女たちは萎縮し、震えていた。ルシファーはもちろんレオからも、異常なほどに濃く強いオーラを感じる。彼らの間に割り込む気にはなれない。


「俺様の行いは確かに“傲慢”であるがな。構わぬ。受け入れよう。貴様が最強であるのなら、その役は誰にも譲る気はないのでな!」


 堂々と宣言をする。


「あなたの意思は知っている。神に挑むのだろう?」

「おうとも! 叛逆者同士、仲良くやろうではないか!」


 ずいぶんと気が合う様子。


「その魂、渡してもらおう。なんなら俺様が貴様に預けてやっても構わぬがな!」


 高笑いをしながら、堂々と向き合う。


「敗者は羽根を落とした鼠。さあ、あなたはなに・・になろうか?」

「どれでも構わぬ。許容しよう。たとえ醜い姿に転じようとな!」


 リスクは承知の上。それでも勝者は突き進む。ただ一つの目的へ向かって。

 夜はさらに濃く、深く。星の輝きはさらに強く。大地に降り注いでいた。


 光が照らすのは彼らのみではない。

 狂気すら感じるほど神秘的な月の下、一人の女が口角をつり上げ、目を爛々と輝かせた。新たな獲物を見つけた。求めるものは目の前にある。

 恐怖は好奇へと変わり、次々と伝染。

 そのころになると誰も倒れ伏した男を見ていなかった。


 ***


 ソファにどっかりと腰掛けながら、敗北の記憶を語ったリーダー。

 彼の口調は軽く屈辱の匂いはなかった。

 それゆえにルイはある勘違いをする。


「へー、負けたんですか」


 話を聞いているようで全く聞いていなかった彼。


「さすがですね」


 思考停止の一言。


「おうよ。お前も言うようになったじゃねぇか」

「へ?」


 ルイは間の抜けた声を出す。彼はいまだに間違いに気づいていない。


「俺の黒星を喜ぶたぁいい反逆精神だ。上に噛み付いてやるという意思を感じるぜぃ。ったく堂々と喧嘩を売ってくれやがって、小童がよぉ」


 笑いながらからかうような軽い口調で、答えを教える。

 ようやくルイは“やらかした”ことに気付くと、みるみる内に青褪め、凍りついた。


「いやいやいや! そんなつもりはなかったんです」

「気にするな。その意気だぜぃ。上にはどんどん喧嘩を売っていけ」


 慌ててごまかそうとするルイであったが、言われた本人は意にも介していない。あっさりとフォローまでこなしている。もっとも、ルイにとっては気が気でないのだが。


「さて」


 リーダーは改めて口を開く。


「頭に脳の詰まっていねぇお前のために、また一から説明してやらぁ」


 その口元にいたずらっけな笑みを浮かべて。

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