今は方舟の出番ではないらしい

「宝玉を回収するか、大罪を倒すか、だね……」

「優先すべきは宝玉のほうでしょ。相手は実質、無限湧きなんだから」

「そうだね……。だけど、対抗者は彼らの抑止にはなる。何度でも復活するのなら、何度でも倒せばいいんだよ……」


 なんなら永遠にそれを繰り返せばよい。そんな言い草だった。


「それで、どうするんだい?」


 退くか、挑むか。

 隠者の問いかけに対して、エミリーは素早く答える。


「承諾するわ」


 はっきりとした言い方だった。


「正義感が強いんだね……」

「そんな崇高なものじゃありません。これは個人的な目的のためなのだから」


 エミリーは気まずげに目をそらす。


「あんたはどうするのよ?」

「僕か? やるよ。君が言うんなら」


 あっさりと答える。

 かくして二人の意思は固まった。


「まあ、お二人とも、素晴らしいですわ!」


 アイリスが手のひらを斜めに重ねたポーズを取る。


「せっかくですので、受け取ってくださらない? お礼ですわ」


 懐から箱を取り出す。

 プレゼントボックスだ。

 包装を解くと、中から模型が飛び出す。


「おおっ!」


 見た目は船だ。それも空を飛ぶ舟。方舟だ。


「乗り物よ」


 エミリーが目を輝かせる。

 これで移動が楽になった。


「これって封印術の一種だよな? 物を小さくしたりするやつ」


 それによって持ち運びを可能としているのだ。


「ええ、そうですわ。使用の際は自由に大きさを元に戻せますの。さっそく試してみましょうか?」


 彼女は生き生きとプレゼンと始めようとする。


「よし、やろう。早く」


 盛り上がってきた。

 乗ってみたい。

 そんな気持ちが高まっていく。


 そうした中、隠者は静かに忍び寄る。


「こちらのほうが早いと思うがね……」


 言うが早いか彼女は杖を取り出す。

 かと思うと、クリスとソフィの足元に光が発生。彼らの肉体も発光を始めた。


「これは、あのときの……!」


 思い出したのは、危ない場所から脱出するときのこと。

 逃げたい。祈るような感情に、バングルについた宝石が反応したのだ。

 今、それと同じことが起きている。


 まさか、例のバングルにかけられた術は、御使いが扱うものと同じだというのか。

 そんな予想を今さらながら抱く青年。

 もっとも、答え合わせをする前に、彼らの体は島から消失した。




 気がつくと体が宙に浮き、着地していた。

 周囲に広がるのは、見知らぬ土地だ。だが、知っている雰囲気はする。

 目の前に柵があるため、ためしに駆けてみた。

 高台から覗き込む。下は平民街だった。


ここ、貴族街じゃない!」


 憤慨したようにエミリーが叫ぶ。


「そうだね。真ん中に転送しようとしたら、貴族街のエリアに入ってしまった……」


 隠者は悪びれもなく答える。


「同じ街の中ならいいじゃないか」


 クリスはなにも考えていない。

 黙って箱舟の入ったボックスを、懐にしまう。

 それよりも気になるのは、『転移』だ。


「なあ、さっきのって御使いの特権だよな?」

「そうだよ。私たちは好きなときに、好きな場所へ行ける権限を有していてね……。それは、周りにいる者にも、影響するんだ」


 神の使いであれば、それくらいは可能だ。

 クリスも納得する。


「じゃあ、バングルって?」

「君が捨てたものかい?」

「交換したんだよ」


 胸を張って答える。

 隠者は無視して話を進める。


「御使いが作った代物だからね。当然のように、転移の術は施してあるよ……」

「敵が御使い……複雑だわ」


 エミリーはモヤモヤとした感情を表に出す。

 神に選ばれた者がそれに仇なす。

 確かに複雑だ。

 しかし、現にそうなっているのだから現実を受け入れるより、ほかはない。


 微妙な雰囲気が漂う中、隠者はポケットからなにかを取り出し、エミリーへ預けた。


「私は失礼するよ……。問題が起きたのなら、頼りに来るといい」


 エミリーは受け取ったものをまじまじと眺める。

 鍵だ。

 だが、肝心の家が見つからないようでは、使いようがない。

 そんなことを思っている間に、隠者は二人に背を向ける。


「いきなり? どうして?」


 困惑しつつ、去ろうとする隠者へ手を伸ばす。

 されどもむなしく空を切る。

 隠者は転移し、目の前から姿を消した。


「怠け者かよ」


 ブーメランとも取れる発言を繰り出す。

 ただ事実として隠者は働きたくないらしい。

 しかし、困った。

 二人でも行動はできなくもないが、目的を達成するには、限界がある。

 味方は多いほうがいい。

 よって、隠者と再会する必要がある。


 その方法とはなにか。

 クリスは困りあぐねていた。

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