ネクストプロローグ

導入 黄昏の隠れ家にて

 ***


 夕焼け色に染まった空。

 石畳に伸びた長い影。

 坂の向こうへ去っていく人影を見送る。

 相手の姿が見えなくなってから、二人は歩き出し、無人の建物に近づいた。

 鍵を使って扉を開ける。

 中に入ると同時、二人の体はブルーフォレストにある隠れ家に、ワープした。


 薄暗い廊下を渡る。


 隠者は書庫にいた。

 壁に杖を立て掛けておき、天井まで届くほどの高さに本棚に囲まれて、文献を漁っている。

 しわだらけの手が掴んでいるのは、魔導書だろうか。黒地に流麗な文字と魔法陣が刻まれている。


 エミリーは口を固く引き結んだ表情で、直立。

 彼女のなにか言いたげな視線に気づいたのか、隠者は手を止めて、口を開く。


「鍛えてほしいのかい?」

「はい。ですが、モニカ様が私などに」


 遠慮がちに様子を伺う。

 同じ魔導師だからこそ思うのか、大賢者は畏れ多いと。

 もっとも、思いのほか隠者の対応は柔らかかった。


「別段、構いやしないよ。面倒だけは見るつもりだからね……」


 つづいて相手はクリスのほうへ視線を滑らせる。


「ただし、観るのは彼女だけだね……。君はなにもしなくてもいいよ……」


 紅葉色の瞳が落ち着いた輝きを放つ。

 対してクリスは首をひねった。


「極めただろう?」

「えーとつまり、僕に伸びしろはないって?」

「ああ。後は精神が追いつくだけだよ……」


 モニカからのお墨付きを得て安心したようなそうでないような、複雑な心境になる。

 強さだけは保証されていて嬉しいが、どうせなら戦力外になったほうが楽ができただろう。

 いくらエミリーのためとはいえ傷ついたり、労力を使うような真似はしたくない。

 本音を言うと戦闘も頭脳労働も全て、彼女に丸投げしたかった。


「私の場合はどうなんですか?」


 クリスが怠惰な考えに浸る中、エミリーは前のめりになって、食いつく。


「どうだろう……。潜在能力はあるね。我々は対抗者を選ぶとき、実力よりそちらを優先するものでね……。大罪についても似たようなものだよ……」


 隠者は口を濁らせる。

『今のエミリーは強くない』と間接的に言っているようだ。

 裏を返せば鍛えれば強くなるということ。

 エミリーは俄然やる気になって、手を挙げる。


「私、強くなります。だからおしえてください。あなたの持ち得る知識、力――全て、吸収するつもりですから」

「よい態度だね」


 賢者は満足げに笑む。


「では、お手並み拝見といこう」

「あの……なにやら杖を掴んで構えてらっしゃるようですが?」


 エミリーの言葉の通り、賢者は戦闘モードに移行している。


「さあ、私に攻撃を放つんだよ」


 賢者は誘う。

 これは仕方がない。

 覚悟を決めよう。

 クリスが傍観する中、エミリーも街で買った二本の棒を構え、握り込む。

 稽古の始まりだ。


 エミリーは賢者に挑みかかる。

 攻撃は一度も当てられなかった。

 体力ばかりが無駄に削られていく。棒を二つも振り回しているため、消耗も二倍だ。

 へとへとになって尻もちをついたところで、一旦終了。

 汗を拭い呼吸を整えているところに、クリスが近づき、声をかける。


「君、魔導師のほうが向いてるんじゃないか?」


 彼の目から見ても彼女は博識だ。

 魔法に活かさないほうがもったいない。


「ええ、そうね」


 視線を下げてつぶやく。

 エミリーはあっさりと相手の意見を受け入れた。


「試しに、いいですか?」

「ああ、好きにするといいよ……」


 厚意に甘えて、本棚に近づく。

 エミリーが魔導書を読み漁っている内に、隠者は退く。

 クリスは引き続き傍観。

 退屈そうな目をしていると、いつの間にやら、人形が用意されていた。


「魔法を自分のものにできただろう……? 放ってみるといいよ」

「はい」


 指示に従い、人形を指した。

 瞬間、指の先から黒い光が放たれ、標的を襲う。

 人形は目をぐるぐると回し、倒れた。


「向いているね……。呪術を学ぶといい。君ならたやすく覚えられる。サポートに特化したものならね……」


 エミリーは魔導書に目を通せば、魔法を扱える。

 勤勉の特性とはそういったものだ。


「はい。分かりました。しかし、呪術……ですか」


 話を聞いて、エミリーは浮かない顔を見せる。

 呪術という点に思うところがあるのか。

 陰湿な印象はあるけれど、気にするほどでもない。

 そんなことをぼんやりと考えていると、話を終えた隠者が、彼のほうを向く。


「ギルドへは行ったかい?」

「ああ、うん」


 視線を合わせて、うなずく。


感謝の対抗者マースリンと会ったんだね……。彼は演技がうまかっただろう?」

「ん?」


 クリスは眉をひそめた。

 なにが言いたいのか解らない。

 確かにギルド前でマースリンと名乗る青年とは出会った。

 彼はいい人であったものの、演技の上手さとは結びつかない。

 否、もしくはあれはそういった類の者であったのか。

 クリスは回想を始める、街で会った青年と彼を巻き込んだ一連の出来事を。

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