宮殿にて

 夜の砂漠。

 中心に建つは大理石の宮殿。

 内部は明るい。雰囲気を崩さない程度の淡い光。

 キャンドルが灯す室内で、二人の男女が顔を向き合わせていた。


「存外。フェニクスは私の元へ戻ると予想していたが」


 薄く紅を塗った唇が動く。


「彼女は本当に、おのれの意思で消えたのか」


 顔を白塗りにして、ボサボサの髪を背に垂らした女だ。前髪は重たく、目を完全に隠している。

 衣装は極東の文化である着物だ。上質な生地を使っているのに、彼女が着るとまるで喪服のよう。わずかに見える手首は折れそうなほどに細かった。


「俺様も回帰するとばかり考えていたがな。まあ、よいではないか! 貴様、このままではふたたび怠惰の烙印を押されるところであったぞ!」


 対するは派手な格好をした男。

 朱色の髪をオールバックにして、ターバンをかぶった者だ。

 服装も景観にあった、砂漠の国の宮廷服。

 体は筋肉質で、若さにあふれた顔立ちは、生命力に満ちあふれている。

 なによりも印象に残るのは、きらびやかな装飾品だ。


 耳と口にはピアス。

 腕には黄金のバングル。

 親指には太いリング、

 人差し指にはエタニティリング、

 中指にはオレンジゴールドとプラチナのコンビネーションリング。


 それらの輝きにも彼は屈しない。

 男はダイヤモンドのような存在感を放っていた。


「なぜ私が怠惰に選ばれる理由がある?」

「ありありである! むしろ、選ばれぬ理由がないのでな!」


 堂々と彼は突きつける。


「貴様よ、いままで俺様に任せきりであっただろう!」

「それは……。あなたは言った。『自分に任せろ』と」

「普通、鵜呑みにするか?」


 真顔で尋ねると、彼女はシュンと肩を落とす。


「仲間を演じるのならば、協力的な態度を取るべきである。確かに俺様なら、なんでもやってのけるがな!」


 彼は得意げに語り、高笑いをする。


「だからこそだ。私はいつか裏切る予定。馴れ合うつもりはない」


 はっきりと主張をする。

 言葉の強さは自信のなさの裏返しであることを、目の前の男は見抜いていた。


「貴様はもったいないな。根が誠実であることは分かりきっているのだぞ? そこをポジティブな方向へ生かせば、勤勉の座に入ったものを」


 説教じみた言葉に、女は口をつぐむ。

 無言ではあったが、なにか言いたげな態度だ。

 唇をもごもごと動かしている。


「とにもかくにも、よかったのではないか? 貴様は貴様のまま、きれいなままでいられるのだからな!」


 解放された。

 罪から。

 悪から。

 それでもなお晴れない気持ちはなになのか。


「せいぜい、仲良くやろうではないか。時はまだ満ちぬしな!」


 全てを許容するように彼はアピールする。


「そういえば」


 ふと思い出したように、彼は口を開く。


「やけに暗いと思えば、今宵は新月であったか」


 窓を見上げる。

 月は上っていない。

 漆黒の闇が広がっているだけだ。


「貴様の名も、新月という意味を持つのだったな。なあ、サクよ?」


 サク

 誰に伝えても通じぬであろう、名前の意味。

 その事実に対して思うことは特になし。

 傾国の女はほのかに笑む。


 不安に思うはただ一つ。

 今の自分は純白か。

 本当に普通の人間でいられるのか。

 ただ、それだけ。


 左手の中指。

 リングに埋め込まれたブラックムーンストーンが、しっとりとした光を放った。

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