疫病神の化身

 ゆるやかな風が吹き抜け、木々を揺らす。

 頭上からは暖かな日差し。

 春らしい穏やかな陽気を感じた。


『さて、こやつは説明を終えたが、汝はいかにする。見捨てるか?』

「僕はどっちでもいいよ」


 火の鳥の問いかけに、クリスはあっさりと答える。


『なんともつまらぬ答えじゃ。妾は汝の答えを聞いておるというのに』


 彼のやる気のない態度には興ざめだ。

 ほとほとあきれ果てたように、肩をすくめる。

 しかしながら、クリスは全く気にしていない。


「それにしても災いを呼ぶ者か。君、疫病神の化身か? それとも生まれ変わりなんじゃないか?」


 誰かを思い出しながら、軽々しく口に出す。

 彼にとっては誰にでも伝わる、ネタを言ったつもりだ。

 ところが相手は眉をひそめて、困った表情かおになる。


「えっと、なに? 疫病……神?」


 言葉の意味を理解できていない。


「そんなのいないよね?」


 答えを探すように、視線を動かす。

 かと思うと急に目を尖らせ、睨んできた。


「それともなんなの? あなたは私を悪魔だと罵りたいの?」

「なんでそうなるんだよ?」


 敵意を向けられて、クリスは困惑する。

 なぜ、そこで悪魔という単語が飛び出したのか。

 理解ができず、困惑する。


「だって、言ったじゃない。『生まれ変わりなんじゃないか?』って」

「うん、言ったよ」


 クリスがうなずくと、少女は壮大にため息を吐いた。

 彼女は困った者を見るような目をしてから、静かに口を開く。


「この世に神はただ一柱。魂だって死ねば浄化されるのよ。生まれ変わりなんて、ありえないわ」

「知ってるよ。でも、納得できないな。転生がありえないなら、なんで君たちは、その言葉を知ってるんだよ?」

「なに言ってるの? 概念はあるでしょ」


 少女はきょとんとする。

 彼女は常識を語るように、クリスを見上げた。

 対して彼は戸惑うばかり。

 青年が理解が追いつかずにいる中、少女は続きを述べる。


「だって悪魔がいるんだもの」


 悪魔。

 眉間にシワを寄せながら、彼女はその単語を口に出した。


「延々にこの世を彷徨うの。死ぬ度に生まれ変わって、新たな形を得る。それが、罪だから」


 少女はすらすらと常識を語る。


「ねえ、知ってるでしょ? 悪魔はこの世で唯一、輪廻の輪に取り残された種族なんだって」


 彼女は眉をハの字に曲げて、呼びかける。

 けれどもクリスはなんの言葉も繰り出せない。


「そうだったっけ?」

『妾は輪廻した記憶を引き継いでおるぞ』


 火の鳥に救いを求めると、彼女は少女の語った常識を、肯定した。


 彼女たちの言葉に嘘も偽りもない。

 それが真実で、常識だ。

 おかしいのはクリスのほう。


 ズレは認めるが、受け入れるのは難しい。

 もやもやする。


 転生が存在しない。

 ならば自分はなになのか。


 他の世界からの転生者。

 常識の外にいる人間。


 相手にとっての普通が、彼が異邦人アウトサイダーであることを、強調していた。



「とりあえず、ごめん。君の気持ちとか考えずに、適当なことを言った」


 おのれの非を認め、謝る。


「知らなかったんだ。悪魔の正体とか」

「嘘。生まれたてでもあるまいし」


 彼女は青年の言葉を信じない。


「冗談だからいいわけではないの。変なことを言うのはやめてね」


 少女は眉を垂らした。


 触れてはならない部分に、踏み入ってしまったらしい。

 クリスは沈黙する。

 場の空気がどんよりと重たくなった。


 火の鳥は空気を読まずに口火を切る。


『汝はあくまで人間だと自認しておるのじゃな』

「誰だってそう言うわよ」


 少女は言い切る。

 なお、彼女の自信は火の鳥の言葉によって、切り裂かれる。


『しかし、妾たちと似た気配は感じるぞ』

「え?」


 少女が顔から表情を失う。

 凍りついたように動かなくなった。

 だが、彼女を覆っていた氷は、すぐに溶ける。


 瞬く間に少女は赤くなり、拳を強く握りしめた。

 そして、目に角を立てて、激昂する。


「そんなわけない! 私は人の子。お母さんやお父さん。おじいちゃんだっているのよ!」


 熱い思いを吐き出し、詰め寄る。


『妾もそこは否定せぬ』


 火の鳥はさらりと受け流した。

 少女の怒りを収まらぬ中、クリスは気楽に声をかける。


「気のせいじゃないのか?」

『汝、不誠実じゃな』


 口調を尖らせる。


『こやつは悩んでおったのじゃ。この様子では、逃げる途中で関わった者を皆、犠牲にしてきたのだろう』


 さりげない推測を口にした瞬間、少女は瞠目し、息を止めた。


「違うわ。私は誰も、見殺しにしてなんか!」

「いや僕は死なないし、大丈夫だよ」


 彼女が言い切るよりも先に、クリスが口を挟む。

 少女はハッとした表情で、彼を見た。


『安心せい。汝もベースは人間じゃ。ちと、悪い魂が取り憑いておるだけでな』


 しれっと火の鳥がフォローをする。

 先に口にしなかったあたり、意地悪な感情が透けて見えた。


「引き剥がせばいいってことだよな? 悪い魂を洗い流すなら、えーと」

『浄化するのじゃ。ちょうど森には泉がある』

「浄化の泉」

『そう。このブルーフォレストには、魔物が出現せぬ。泉の清らかさが負の力を、かき消しておるからじゃ』


 火の鳥が自信を持って、主張をする。

 希望が見えてきた。

 それでも少女は複雑な表情で、直立している。


『妾は探しにゆくぞ。汝も協力するのだろう?』

「ん? そういうことでいいよ」


 クリスは端から逆らう気がない。

 抵抗は面倒だからだ。


 続いて火の鳥は少女へと視線を移す。

 いつの間にか、炎の渦が消えていた。

 解除をしたらしい。


 少女はしばし視線を落とし、無言になった後、口元をゆるめた。


「そうね、ここまで明かしてしまったんだもの」


 もう、戻れない。

 疲れたようにつぶやいた。

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