事情を聞く

 クリスは女騎士を追わなかった。

 追っても益にならない相手よりも、謎の少女のほうが気になる。


「強い……」


 彼女はへこんだ木の幹を見つめていた。

 ぼーっとしている。

 自身の立場を忘れているようだ。


「おーい」


 声をかけると少女の肩が、びくっと動いた。

 クリスの声で現実に戻ったらしい。

 夢から覚めたような表情で振り向いて、彼を見た。


 今の内に逃げたほうがいい。


 忠告を繰り出すために、一歩、前に出る。


「ダメッ」


 突然、少女が叫ぶ。

 崖から飛び降りようとする若者を止める時のような、迫真に満ちた声だった。


 たちまちクリスは混乱する。

 いったいなにがダメだというのか。


 問いかけようとした矢先に、少女は背を向ける。

 呼びかけを拒絶するように、逃げ出した。


 クリスはその場から動けない。

 恋人に振られたモテない男のように、置き去りにされる。

 なにもせずに見送ろうかとも、考えた。


 彼がぼうぜんと突っ立ったままでいると、火の鳥が宙を蹴る。

 彼女は炎と共に飛び立つと、青年の視界から一瞬で消えた。


「あ、あれ!?」


 一瞬、困惑したが、少女を追いかけにいったのだと理解する。

 火の鳥を野放しにはしておけない。

 クリスは走り出した。




 森を突き進む少女の姿を、火の鳥がとらえる。


『さすがにスピードが違うな』


 高度を落としながら、少女を狙う。

 炎をまとった腕を伸ばし、指を広げた。

 手のひらを向けた先へ、炎を発射。


 直後に少女が空を見上げる。

 火の鳥の存在に気づきはしたが、間に合わない。

 炎は渦を巻きながら、少女を取り囲んだ。


 たちまち少女は逃げ場を失い、縮こまる。

 命の危険を感じたが、冷静になると、炎に触れても熱くない。

 少女は凝り固まっていた表情が解き、目をパチクリとさせる


『さすがに人を焼き尽くしたりはせぬわ』


 暗に燃やすことは可能だと口走りながら、火の鳥が降り立つ。

 少女は口をあんぐりと開けたまま、相手を見上げた。

 ただし、その表情はすぐに、緊張感を帯びたものへと変わる。


『申してみよ。汝はなにゆえ、我らを避ける』

「だからダメなの!」


 くしゃみをするような表情で、彼女が主張をする。


『回答になっておらぬな』


 火の鳥が困った顔をしているところに、足音が迫る。

 彼女はチラリと後ろを向く。


「なら、僕が言い当ててあげようか?」


 足を止める。

 グレーの瞳が少女をとらえた。

 あらためて彼女を見澄ます。

 表情にはいまだに恐れの感情が残っている。

 少女はギュッと、唇を引き結んだ。


「ズバリ、僕らに関わってほしくないんだろ?」

『見れば分かる。自信満々に答えることか』

「そうか? 真理を突いたように思えるけど』


 火の鳥があきれ顔になると、クリスは能天気な態度を見せる。


「ふーん、こっちの気持ちは分かってたのね」


 低くぼやいてから、顔を上げた。

 炎は依然として燃え広がっている。

 少女は赤い渦の中で、二人を見澄ました。


「分かっていたのに、どうして追いかけてきたの? 人の嫌がることをするのが悪魔なのかしら」

『悪魔だとは分かっておったか。避けられるのも当然じゃ』


 相手が鋭い眼光を飛ばすと、火の鳥も不遜げに言葉を返す。


「別に。そういうんじゃないわよ」


 少女はツンと取り澄ました顔になる。


「でも、悪いことは言わないわ」


 急に真剣な目になる。


「放って置いて。関わると、不幸になるわ」


 それは切実な思いを込めた、訴えだった。

 対する青年は曖昧な表情を浮かべて、言葉を返す。


「不幸にすると言っておきながら、一番に不幸なのは、君じゃないか?」


 途端に少女は口を閉ざす。

 虚空を見るような目になり、なにも言い出せぬまま、棒立ちになった。


「だから、火の鳥は君を構いたがるんだよ」


 火の鳥はちらっと彼に視線をよこす。

 青年は答えない。

 ただ、少女の本心は読んでいた。

 相手も本当は救われたいのだと。


「話してみてくれ、君がどんな存在なのか」


 彼女の口から聞きたい。

 柔らかな声で呼びかけ、手でうながす。


 少女はしばらくの間、黙り込んでいた。

 沈痛な面持ちでうつむく。

 目を伏せた顔に、影が差した。

 しかし彼女は意を決して、口を開く。


「私は災いを呼び起こす者よ」


 ハッキリとした口調で、答えをつむぐ。


「でも、自覚がなかったのよ。恋人が魔物に殺されたのも、友達が盗賊の被害に遭うのも、全ては偶然。私のせいじゃないって、言い聞かせたわ。だけど、周りは私を避けたの。厄介事を呼び込む裏切り者。それが私よ」


 淡々と語る口調には、諦観に似た陰りがあった。


「唯一、引き取ってくれる場所があったわ。そこは反乱軍の基地。リーダーの女の人は優しくて、情熱的だった。だからこそ、私を守ってくれたんだわ」


 ふんわりとした声になる。

 口元をほころばせる姿は、昔をなつかしむ老婆のようだった。


「そこに、城の者が現れたの。あの人――秘書のような騎士は、言ったわ」


 揺らぐ瞳に、コルセットドレスの女の影が、見え隠れする。


「『あなたは危険。いずれは国を滅ぼす。ゆえに、確保をせねばらない』」


 少女の声で女騎士の口調を、再現する。

 実際に機械的な女が警告を繰り出す様を、クリスも想像した。


「私は、逃げ出したわ」


 振り絞るように言葉をつむぐ。

 渇いた唇が震えていた。

 まるでトラウマを思い起こしているかのよう。


「やっと、自覚したのよ。私は普通の人間じゃない。誰とも関わっちゃいけない。一人で生きていかなきゃ、いけないんだって」


 語り終えて、ようやく顔を上げる。

 丸い瞳が青年をとらえた。

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