メカニカルな女
『なにじゃ?』
「どうせ盗賊だろ?」
試しに見に行こうかと思った矢先、悲鳴の主が視界に飛び込んだ。
少女が走ってくる。
逃げる彼女を狙う影。
黒塗りにした鎖が飛んでくる。
空を切るように勢いよく、猛スピードで。
気配に気づき、振り返る。
慌てて避けようとしたが、間に合わない。
鎖が蛇のように巻き付き、動きを封じる。
とっさに引き剥がそうとするが、腕は開かず、鎖も砕けない。
哀れにもがく少女は、拘束衣を着た囚人のようだった。
聞こえてくるのは、鉄靴が地面を踏む音。
敵が追いつき、姿を現す。
「私はあなたの逃走を許可しない」
女の騎士だった。
コルセットドレスの上から鎧を身に着けている。腕は義手だ。品のある顔立ちをしているが、表情は乏しい。肌は金属のようにつるりとしていた。
罪人でなくて拍子抜けしたと同時に、疑問に思う。
なぜ騎士が少女を追い詰めるのか。
これはどのような状況か。
混乱する青年をよそに、女騎士は少女のほうに回り込む。
向かい合わせになってから、彼女は次のように言った。
「要求。我らの元へ来てほしい。あなたの悩み、解決する」
「嫌よ」
少女は突っぱね、首を激しく横に振った。
ミディアムの黒髪が乱れる。
毛先が石英の肌を、鞭のように叩いた。
「あなたは私の敵だわ」
「肯定。あなたは反乱軍に匿われていた身」
抑揚のない口調で、返答を繰り出す。
ピリピリとした空気が漂う中、遠くで眺める青年は、ひそかに眉をひそめた。
反乱軍といえば、乱を呼ぶ者。城を落とそうと、合作しているものでもある。
少女のほうが悪なのだろうか。
否、そうは見えない。
なにしろ見た目が普通だ。
顔立ちはあっさりとしていて、どこにでもいそうな印象を受ける。
肉体は華奢で頼りない。放っておけば野垂れ死んでしまいそうだった。
『早く動くのじゃ』
「いや、どっちが敵か分からないし」
言い訳じみた言葉を吐くと、たちまち火の鳥はため息を吐いた。
『最低な男じゃな』
吐き捨てるような言い方だった。
『ならば、妾が動こう』
割り切ったように宣言して、火の鳥が飛び出す。
彼女が放った炎は渦を巻き、女騎士を狙った。
相手は速やかに避ける。
代わりに炎は鎖に命中。
少女が「あ」と口走る。
拘束はほつれた糸のように、解けた。
一方で、女騎士はこちらへ注目する。
彼女の視線が半透明の女をとらえた。
火の鳥が何食わぬ顔で漂う中、クリスはゲッと顔を歪める。
「どうするんだよ、目をつけられたぞ」
『悪いことはしておらぬ。少女が危機に瀕しておったのでな』
「いや、早まらないでくれよ。相手が悪と決まったわけじゃないだろ」
『汝は本当に好感度を上げる気がないのじゃな。なにも思わぬわけではなかろうに』
焔色の女はあきれたようにこぼす。
そこへやや離れた位置から、声が飛んできた。
「誰か分からないけど、逃げて」
自由になった少女が、叫ぶ。
「いや、無茶言うなよ」
女騎士に目をつけられた今、逃走は厳しい。
なにより相手には捕縛の術がある。
「なんか策とかある?」
『翼があればいけるが』
「へー」
ひそかに期待感が高まる。
『今は使えぬ。汝という器に収まっているゆえな』
「おー、仕方ないね」
『すまぬな。元が御使いであれば堕ちていても、条件付きで使えるのだが』
火の鳥が重要なことをつぶやいたが、現状では役に立たない。
そこへ女騎士が声をかけてくる。
「安心なされよ。私は彼女に危害を加えない。生かして連れて行く。全ては彼女を思ってのこと」
抑揚のない声。
相手を言いくるめたがっているように聞こえる。
「違うだろ?」
呼びかける。
返答はない。
「捕らえておくって、自由を奪うってことだよな? それは、彼女を思っての行動じゃないよ」
個人の意見を伝える。
「否定――すなわち」
顔を上げる。
クリスをとらえる、二対の瞳。
「敵」
女騎士が剣を抜く。
刃がきらりと光った。
「え、ダメっ!」
途端に少女が焦る。
けれども彼女が手を伸ばす間もなく、相手は鉄靴で地を蹴った。
女騎士が斬りかかる。
刃が銀のラインを描いた。
対するクリスは、ひらりと回避。
さらに後ろへと逃走。
背を向け、腕を振る青年の姿を見て、女騎士は詠唱を唱え出す。
「包囲始動。陣は縮小。囚人の首に枷をはめよ。鋼鉄の鎖は何人にも解けず、果ては我が手に、手の中へ」
相手の目的はすぐに分かった。
クリスは後ろをチラッと見つつ、汗をかく。
「捕らえよ」
術が発動。鎖が飛び出す。
クリスはとっさに跳躍。木の上に飛び乗った。
下を覗く。鎖がウロウロと、宙を泳いでいる。
敵を見失ったようだ。
術の範囲から外れて、ひと安心。
気を抜こうとした矢先、銀の切っ先が目に飛び込む。
女騎士が襲いかかってきた。
「うおっと!」
目を見開く。
刃が迫る。
とっさにバックラーでガード。
激突。
火花を散らす。
防御は反射で行われた。焼けた鉄から手を引っ込むような感覚だった。
一瞬の攻防の後、女騎士はすっと視界から消える。
滞空時間が切れたらしい。
地上へ吸い込まれていったのだろう。
『目立つ場所で悠長にしおるからじゃ』
「死なないからいいんだよ」
火の鳥がからかいにやってくる。
クリスは雑な返しを繰り出した。
ひとまずはほっとしている。
しかし、それにはまだ早い。
突然、体がぐらりと傾く。
足場が揺れていた。
青年は「ん?」と首をかしげる。
見ると木が斬られていた。
斜めに、丸太を作るような感覚で。
たちまちクリスは宙に投げ出された。
あわてて体勢を立て直し、地に足をつける。
ちょうど少女が留まっていた位置に、落ちたようだ。
オロオロとしている姿が視界に入る。
そこへ、殺気が接近。
女騎士が襲来。
刃の先には少女が立っている。
彼女はビクッと体を縮めた。
『ほうほう、なるほど』
火の鳥が飛んでくる中、クリスは即座に前に出た。
一旦、ガードの体勢に入る。
直後に突きが斧へ命中。
攻撃を受け止めつつ、武器を握る手に力を込める。
次の瞬間、女騎士の体は宙にあった。
吹き飛んでいる。
クリスが自身のパワで弾き返したのだ。
彼女は目を白黒とさせながら、木に激突する。
内心、驚いてはいるようだが、表には出さない。
女騎士はゆっくりと立ち上がると、クリスへと視線を向けた。
「了解。これが戦闘力の差」
小さくこぼした。
勝てないと踏むや否や、勝負を諦め、退く。
女騎士は森の奥へと姿を消した。
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