嫉妬を冠する少女


 薄暗い空間に影が現れる。

 席は用意されているものの、椅子はない。

 彼らは直立し、円卓を囲む形で顔を付き合わせる。


 各々の肉体は霊体だ。

 特殊な魔道具で魂を召喚し、人の形を取らせただけであり、本体は別の場所に留まっている。

 その中でただ一人、実体を持った男がいた。彼は一歩、前に出る。


「よく来てくれたな! 俺様が貴様たちを呼び出したのは、ほかでもない」


 両手を広げ、高らかに告げる。

 目を引く見た目をした者、『傲慢』だ。

 異国の者らしきターバンと、浅黒い肌。

 鍛えられた肉体を、豪華な宮廷服で覆っている。


 次いで奥から姿を現したのは、異質な雰囲気の女だった。

 前髪を目の上で切りそろえ、横髪も頬のあたりでカット鬢削ぎしてある。

 瞳も髪は共に暗闇のような、重たい黒。

 アンニュイなすだれ睫毛が特徴の、整った顔立ち。


 化粧を施してあるものの、顔を白く塗りつぶしている程度だ。

 赤みはない。まるで劇の幽霊役だ。

 喪服のような黒い着物も相まって、死の臭いが漂う。

 細長い指にはブラックムーンストーンのリングが光っていた。


「紹介しよう!」


 大きな声で傲慢が切り出す。


「こやつは俺様が連れてきた協力者。名は、サクである!」


 彼は自分のことのように自慢げに、周りにアピールする。

 対するサクは無表情。視線すら動かさない。


『サクといえば伝説の傾国の名だな』

『本人か? 違和感はないが』

『ええ。彼女ならばふさわしい。着飾ればひと目で、それだと分かるわぁ』

『フン、それがどうしたぁ!?』


 周りがまっとうなリアクションを取る中、憤怒は一人、憤慨している。


『なにもないわぁ。ただ、あたしのほうが優れている。それだけよぉ』


 色欲は目を細め、気取ったように主張をする。

 サクはノーリアクション。

 聞いてすらいないのか、傲慢だけを見ている。


「レオ、帰ってもいい? 顔見せは済んだはずだけど」

「早いではないか。茶でも飲んでいくがいい!」


 彼は首を曲げて、そちらを向く。

 ただし女は話を聞く前に退出。

 闇に溶けるように消えた。



 会議は続く、何事もなかったかのように。

 なぜなら、ほかに討論すべき事柄はある。

 最初に強欲が口を開く。


『怠惰の席は空いたままか』

『サクは協力者。怠惰ではないんでしょう?』

『ああ、フェニクスは特殊だ』


 相手の発言を聞いて、色欲がんん? と顔をしかめる。

 話が噛み合っていない。

 強欲が結論を先に話してしまったためだ。


『普通の悪魔は死んでも別の形でこの世に現れる。けど、フェニクスの残機は一だ。もう来ないさ』


 通訳をするように、暴食は口を動かす。


『力を使い切って消えたから、自滅カウントさ。彼女は裏切り者じゃない』

『んなわけあるかぁ!』


 途中まで和やかに喋っていたところ、唐突に怒鳴り出す。

 まるで突発的な噴火のようだ。

 彼はおいおいと強欲を指す。


『フェニクスはいい。問題は器になってる男だよなぁ!? あいつ、裏切ったようなもんじゃねぇか!?』

『ああ、俺も見た。二人と交戦し、見送ったからな』

『接触してるじゃねぇか! なぁに、見逃してやがるんだ、テメェはよぉ!』


 ごもっともな意見に対して、強欲はしれっと言葉を返す。


『正当な取引をした結果だ』

『チッ』


 そっぽを向いて、舌を鳴らす。

 それっきり。

 憤怒は追求をしなかった。

 強欲はおとなしく指示に従う人間ではない。

 それを理解しているのか、口を曲げながらも納得はする。

 その態度にはかすかな甘さがにじみ出ていた。


『だがよぉ! あいつ、働かない癖に、自分から逃げやがったんだぜぇ! 自分勝手にもほどがあるよなぁ!』


 彼は同意を求めるように、視線を動かす。

 けれども、周りの反応は冷めていた。


『奴は最初から誰の味方でもなかった』

『あの男、組織のために動いたことなんて、一度もなかったぞ』

『仲間ではなかったのなら、裏切りとはいえないわよねぇ? あと、リーダー』


 色欲が傲慢に話を振る。

 強欲も視線をそちらへ向ける。

 眼鏡をくいっと上げるように、仮面に触れながら。


「おうとも! 俺様は確かに言ったのである! 逃げるも従うも、自由だとな!」


 最初の会合で飛び出した発言である。

 無論、憤怒もそれは聞いていた。


『本当に逃げるやつがあるかぁ!? テメェらの仲間意識はどうなってやがる?』


 声を荒げながら、問いかける。

 アンサーはノーだった。

 無反応かつ、無言。

 白けた空気が広がる。


『俺はよぉ、あの薄情な野郎を許さねぇ! ぶっ潰してやらぁ!』

『ならオレも連れてってくれないか? あいつらとも戦ってみたいからさ』

『あたしは嫌だわぁ。地味に最弱に近いポジションだしねぇ』

『気にするな、どうせ全滅する』


 強欲が無慈悲なフレーズを、ぼそっと吐く。


『テメェ「強欲」! なに決めつけてやがる!』

『おかしいな、そういう契約ではなかったか?』


 鋭い眼光と共に、事実を突きつける。

 なお、相手は言葉の意味を理解できずにいる様子だ。


『俺は行くぞ! いいか!? 止めるんじゃねぇぞ!』

「あの男は見逃すのである!」

『はぁ!?』


 言っているそばから、リーダーが阻止をしにかかる。

 これには憤怒も瞠目せざるを得ない。

 ただし、不満を顕にしたのは彼だけだ。

 ほかのメンバーは『だろうな』と、受け入れる。

 元より怠惰に関心はあっても、怒りを覚えた者は、一人もいなかった。


『リーダーは寛容なのねぇ。そういうところ、素敵だわぁ』

「お褒めに預かり、光栄だ。だがな、貴様では我を捕らえられまい」

『ええ。理解しているわ』


 目を細め、甘い声を放つ女。

 傲慢は誘惑を華麗にスルー。

 色欲もそれに気づいてはいるものの、気にはしなかった。


『「怠惰」はどうでもいい。問題は「嫉妬」だ』


 円卓の、空いた席を指す。

 ちょうど、二人分。

 その内の一人が嫉妬だ。


『放っといてやりなよ』


 軽やかな声に、強欲が反応する。


『彼女はリアルが忙しいのさ』

『今ごろ、デートでも楽しんでるってかぁ!? ああ、死ぬほどどうでもいいなぁ!?』

『そうかしらぁ。あたしはうらやましいのだけど』


 以降も無駄な考察は続く。

 会議は停滞していった。

 それを受けて強欲が退出する。


『これ以上は無益だ。俺は退く』


 そんな捨て台詞を残して。

 他の三人も彼に続く。

 かくして会議場から陽炎が消えた。


 ***


 そこは一言で表すと魔女の家だった。

 干草の香を焚いた怪しげな部屋。

 床には魔法陣が刻まれたラグが敷かれ、傷んだテーブルの上には、タロットカードがばらまかれている。

 光源はろうそくのみで、薄暗い。


 細長い炎が少女の横顔を照らす。

 彼女は物憂げに遠くを見つめる。

 視線の先、窓の外では夕焼けが広がっていた。

 花に似た小さな唇は、なにも語らない。

 ただ沈む夕日を見送った。


 彼女は儚げな雰囲気のする娘だった。


 ウェーブのかかった黒髪を、背中に流している。

 華奢な体躯をAラインのワンピースが覆う。

 足元はフラップサンダル。


 耳には朝露のような小粒のピアス。

 手首には波を模したブレスレットが光っている。

 七つの大罪の証だ。

 少女は組織の一員であり、嫉妬を冠している。


 会議には呼ばれていた。

 通知にも気づいていたけれど、無視を続けている。

 面倒くさがっているわけではない。

 純粋に行きたくなかった。

 ゆえに彼女は引きこもっている。


 初めて会議に呼ばれた時から、居心地の悪さを感じていた。

 周りを囲う大罪のメンバーは、誰もが長所を持っている。

 精神的にも肉体的にも、超人ばかり。

 果たして自分はここにいてもよいのかと、心の中でつぶやいた。




 いつの間にか外は紫紺に包まれ、中も一層、暗さを増す。

 夕食の時間だ。

 食材を用意する。

 あっさりとしたスープ、作り置きのゆで卵、チーズ、外で買ってきたパンなど。

 それらを無言で口に運び、咀嚼する。

 機械的な食事だった。


 やけに空気が悪い。

 嫌な静けさだ。

 つまらない食事だと理解していながら、彼女は黙々とパンをかじり続ける。


 昔からそうだった。

 地域性によるものか、故郷では食事の際、挨拶をしない。

 食べ物への感謝の気持ちはなく、神への祈りも放棄している。

 助け合いは発生せず、偶然に偶然が重なって、誰かが誰かを助けたとしても、「ありがとう」の一言すら、出てこない。


 住民は他人に関心を持たず、無言で生活をしている。

 いがみ合うわけでもギスギスしているわけでもない。

 それが自然なのである。

 少なくとも嫉妬を冠する少女にとっては。


 思いやりのない環境が当然だったから、いざ助けられた時に感謝の言葉が出ない。

 恥ずかしがって無言になる。

 正しくはない。自覚している。


 だが、どうでもよいことだった。

 正しさ・善を目指したところで、意味はない。

 今の世界では善人は活躍できず、道半ばで倒れるだけだ。

 覇者となるのは、決まって悪人。

 この世は悪に支配されている。

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