挑戦者

「しかし、わしが人間を名乗るのは語弊があるな。わしは確かに原初の人間。作られた存在じゃ。その時点で普通とは言い難いんじゃな」

「ああ。あなたは人間としては別格。最高峰の人物だな」


 彼はあくまで人間として、彼女を評価する。


「その上で尋ねたいのだよ。なぜ天界に引きこもっていた? あなたがいれば地上は安泰だっただろうに」

「わしは天界の人間じゃぞ。地上の問題は地上の人間が対処せねばならないんじゃ」


 彼女ははっきりと答える。


「神に使える身じゃしな。自由がきかないんじゃ」

「それは大変なことだな」


 マースリンが淡々とこぼす。


「しかし、じゃ。地上に下りた今、わしは自由じゃ。大罪との戦いに直接介入する以外は、やってもいい。好きにやらせてもらうんじゃ!」


 高らかにアピールし、アウローラは拳を突き上げる。


「具体的には?」

「スロー! ライフじゃ!」


 両手を広げくるくると回り、堂々と主張をする。


「わしは主らが繰り広げるドラマを、特等席で鑑賞するんじゃ。どうじゃ? いい案じゃろう?」


 彼へと向き直って、堂々と尋ねる。


「あなたが望むのならば、期待に応えよう。その劇、盛り上げてみせるのだよ」

「肯定するんじゃな。なら、案内するんじゃ」


 大きく口を開いて、命令を下す。


「主の家が、わしの家じゃ!」


 腰に手を当てながら、片方の手で彼を指す。


「ああ、無論だな」


 彼は喜んで答える。

 かくしてフランは相手に従い、アウローラを自宅まで連れて行くことが決まった。



 空がまだ明るい時間帯、二人は街を歩く。

 中心地から端のほうへ。

 急ぐでも焦るでも、盛り上がるでもなく、彼らの様子は穏やかだった。


 そんなとき、大声が後ろで響く。

 猛スピードでなにかが追いかけてくる。

 マースリンは振り返った。


「おうおう、わざわざこっちに遊びに来るとは、よほど暇してるんだなフラン・マースリン! ちょうどいい、今度こそ決着をつけてやるぜ!」


 会って早々、宣戦布告。

 尖った髪型をした不良じみた男だ。周りには似たような格好をした者が、控えている。


「おい、またかよ」

「うるせぇ。戦うぞ。覚悟しろや」


 仲間の制止を聞かず、ナイフを構える。

 実質、襲撃ではあるが、マースリンは落ち着いていた。


「受けた立とう。かかっておいで」


 彼は長剣を抜く。

 相手は口角をつり上げた。

 マースリンの隣ではアウローラが「本当にやるのか?」と目を大きくする。

 青年は真面目に応じるつもりだ。

 背筋を伸ばし、迎え撃つ。


 いよいよ、相手は動く。

 おおおおと声を上げ、駆け出す。

 ドドドドという勢い。

 一気に距離を詰め、刺しに来る。

 マースリンは一歩も動かない。


 相手はいよいよ、攻撃へ。

 ナイフの切っ先が彼をとらえる。

 マースリンも長剣を男へと向けた。


 いよいよ攻撃が当たる。

 二人が交差する。

 そう思われたとき――


 マースリンは一瞬で相手を切り裂く。

 飛んできたハエを払うように。

 たちまち男は勢いよく吹っ飛び、地面に沈んだ。


「おおー、達人じゃな」


 アウローラが感嘆の声を漏らす。

 その直線上でマースリンは剣をしまった。

 彼は静かに倒した相手へと近づく。

 不良は白目こそ剥いているが、外傷はない。

 峰打ちだったからだ。


「ほら、言わんこっちゃない」


 仲間が汗をかきながらで走ってくる。


「いい加減に諦めろよ」


 ブツブツと文句を言いつつ、相手の首根っこをつかみ、立たせる。

 なお、気絶しているため、自力では動かない。

 仕方がないため相手を抱えると、男は猛スピードで走り去っていった。

 小さくなっていく影を見送って、マースリンとアウローラも歩き出す。


「主、よく焦っとらんな?」

「普段からこの調子なのだよ。いつものことだな」


 もう慣れたと言わんばかりの態度。


「挑戦者はあれだけではないんじゃろ? 大変そうじゃな」

「その度に返り討ちにしているからな。大丈夫だ」


 アウローラの軽口に、マースリンも笑って答える。


「それはそれで楽しそうじゃな。戦いには困らぬし」


 にやりと笑む。


「別に主も嫌いじゃないんじゃろ?」

「フラン・マースリンとしては、そうだな。生きるか死ぬかの戦いには魅力がある。私も戦場を故郷としたいものだな」


 マースリンはかすかに視線を下へ落とした。

 その物言いに違和感を覚えぬまま、アウローラは続きを話す。


「主を選んだのはほかでもない。分かるか? 『感謝』は『嫉妬』のカウンターじゃ。あの方のアドバイスを受け、『嫉妬』が絶対に勝てない相手を選んだんじゃ」

「大罪を殺す。そのための特攻を私に授けたのだな」


 普段はブーストくらいしか魔法を扱えないが、今なら別の術も使える可能性がある。

 マースリンはひそかに盛り上がっていた。


「ところで嫉妬の正体は誰なのかな?」

「それは言えないのじゃ」


 アウローラは慌てて言い、眉をハの字に曲げる。


「わしらができるのはサポートのみなんじゃ。主役は主らなんじゃし」

「共闘はなし、なのだな」


 露骨にがっかりとする。

 とはいえ、それがルールであり、命令であれば仕方がない。

 マースリンはあっさりと受け入れた。



 ほどなくして、郊外にたどり着く。

 自然が広がるのどかな場所に、一軒の家が建っていた。

 大きくもないし、小さくもない。強いていうなら、一人暮らしにはぴったりな空間だ。庭には申し訳程度の田畑が見える。

 近辺を森で囲まれている影響か、グリーン系の爽やかな香りが漂っている。


「本拠地は町中に建っているのだがな」

「む? なぜ、そちらじゃないんじゃ?」

「あなたがスローライフを望んだため、なのだよ」

「わしの理想を叶えたんじゃな。いいぞ。いい場所じゃ」


 アウローラは満足げだ。


「使わせてもらうぞ。いいな?」


 答えを聞く前に彼女は家の中へ入り、マースリンも後に続く。

 彼としては答えはすでに言っている。追求をしなかった。


 玄関の扉を開け、閉める。

 内部は無難。見た目と同じく平凡な間取りだ。木の香りはいいが、面白みはない。

 強いていうならデカデカとした肖像画が目立ち、二階がアトリエになっているくらいだろうか。


「おお! ベッド。ちゃんと用意しとるんじゃな! さすがは別荘!」


 楽しそうでなによりだ。

 一人で盛り上がるアウローラの姿を、やや離れた位置で、見守る。

 マースリンはなにも言わなかった。


 とにもかくにも共同生活は幕を開ける。

 アウローラは日夜、家庭菜園に勤しむ。

 フランは絵画の材料を集めるために、ダンジョンに入り浸る。

 彼が戻ると、庭には凶暴な獣が鎖に繋がれていた。

 しばらく経つと、消えている。

 怖いもの見たさで台所に出向くと、アウローラが獣を切り刻んでいた。


 獣は料理へと昇華され、食卓に並ぶ。

 マースリンも獣であったものを、口に運ぶのだった。

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