その友情は鬼灯か

墓場 邂逅

 自然が豊かな場所に建つ別荘。小鳥のさえずりの聞こえる朝のこと。

 リビングは明るく窓から映る空は、淡い青色に染まっている。空とは対照的に濃い赤の髪をした青年はチェアに腰掛け、新聞を読んでいた。

 そこへ純金の頭髪を持つ美女が寄ってきて、誘いをかける。


「行くのじゃよ!」


 マースリンは目を新聞から離して、彼女を見上げた。


「悪霊退治じゃ! 近ごろ、アンデッドが暴れまわっておるそうじゃ。向かわねばならぬよなぁ?」

「墓場か。そういえば最近、騒がしいな」


 納得したようにつぶやきながらも、彼は首をひねっている。


「どうしたのじゃ?」

「アンデッドの存在に関して、不思議に思っているのだよ。輪廻転生は存在しないはずなのに、なぜ、とな」

「おかしなことをぬかすのじゃな。魔物と人は別じゃ。罪を犯した者はこの世に留まる仕組みなのじゃよ」


 アウローラの説明を聞いても、釈然としない。

 彼は世界の矛盾点に気づいていた。

 マースリンは神を盲信せず、それゆえに視点が常人と異なる。天の命令に素直に従う気はなく、嫉妬の女も生かすつもりでいた。


「なんにせよ」


 反論はせず、疑問もスルー。


「冒険者たちなら自衛はできる。彼らは屈強な戦士たちだからな。いかなる敵にも立ち向かい、刃向かい、皆で上を目指している。そんな彼らがあっけなくやられるものとは」

「できとらんから困っとるんじゃろが!」

「ああ、はい」


 アウローラが声を荒げるとマースリンは、おとなしくなった。

 彼女も本音を言えば、悪霊退治を口実に青年と遊びたいだけ、なのだろう。

 相手の心の内を読んでおきながら、彼は穏やかに言い放つ。


「では、さっそく準備しよう」


 なにごともアウローラを第一に考えて行動する。彼は女のわまままを許した。


 かくして二人は出発して墓場にたどり着く。

 無数に建つ慰霊碑。黒みがかった石の下には、戦死者が眠っている。彼らは先の大戦――魔王軍との戦い――で命を落とした者たちだ。

 普段は陰鬱な闇で覆われており、昼でも薄暗い。

 だがしかし、中に入った二人は共に眉をひそめた。

 妙な雰囲気。異変があったわけではない。むしろ静かだ。清浄ですらある。


「いったいどうなっとるんじゃ」


 ハズレでも引かされたのか、いや――

 考察を練ろうとした矢先、後ろから影が近づく。ブーツの足音と一緒に。


「お前か、曙の女は」


 鋭い声が鼓膜を揺らし、女の澄んだ青の瞳も、震えた。

 彼女が振り返る。声の主は獣のような風貌をした、少年だった。四白眼に埋め込まれた丸い瞳は、虎目石に似ている。なによりも目立つのはマントの模様。警戒色の縞模様が警戒心を煽る。


「主、フーランじゃな」


 アウローラは少年の名前を口にする。

 彼女は相手の正体を知っていた。暴食を冠する者。ハンターギルドで一位の実績を誇る、狩人だ。


「噂には聞いとるぞ。悪い噂をな」

「だろうな。で、どうするよ? このオレを見つけちまった。いや」


 言葉を区切り、口元を緩めてから、口角をつり上げる。

 少年は戦闘狂だ。絶対的な強者を前にして、縦に割れた瞳孔が大きく開く。


「このオレに見つかった以上、戦闘は避けられない」


 虎目石の瞳がギラリと光った。


「どうするよ? 戦うか、逃げるか」


 二択を迫る。

 刃を突きつけられたような緊張感の中、ついに女は口を開いた。


「逃げるのじゃ」

「しかし」


 マースリンが渋る。

 気持ちは分かるがモタモタしては、いられない。


「転移せよ。このダンジョンより立ち去れい」


 凛とした声が響くと同時、青年の足元に陣が出現。

 たちまち彼は顔を上げ、どよめいた。


「待つのだ。あなたを一人にするわけには」


 マースリンの顔に汗が浮かぶ。青年は焦っているが稼働した術式は、待ってくれない。

 足元より生じた光はスマートなシルエットを包み、やがて彼を墓場から連れ去った。


 マースリンの姿はとうになく、あたりには一時の静寂が包む。


 いよいよアウローラは動く。まずは先手必勝。


「創造の神々よ、我が手に力を。この世にある一切を切り裂きたまえ」


 高らかに叫ぶと真紅の剣が降ってくる。彼女はそれを攫うように掴むと、鮮やかに構えた。剣を振り上げ、斬りかかる。

 澄んだ青の瞳が少年をとらえた。彼は動かない。避ける気配すら見せない。その必要はなかったからだ。

 瞬間、ガラスが割れたような音が発生。真紅の刃は相手の手前で停止。見えない壁に阻まれた。

 アウローラは目を見張る。防がれるとは思いもしなかった。

 動揺が広がるもすぐに切り替える。落ち着いて次の一手に移った。


「焼き尽くせ。一切の灰を残すな。そして、くうに吹き荒れよ。風よ、ありとあらゆるものを薙ぎ払え」


 激しい口調で詠じて、手を突き出す。

 直後に炎が噴き出した。

 風が発生。

 髪が揺らめく。

 吹き荒れて。

 勢いを増した炎が焚き火のような音と、火花と一緒に、襲いかかる。

 手加減はしない。灰にするつもりだった。


 対して、相手も動く。

 手のひらを前に出して、指を広げる。

 刹那、空気が揺らいだ。空気が水に変わったような気配。

 アウローラが身震いしたとき、目の前で業火が消失。色も形もない透明な魔力が飲み込んだ。

 ベールのように揺らめく魔力は津波と化し、攻め掛かる。


「詠唱なし……? レオと同類じゃないのさ」


 歯を食いしばりながらも凛とした顔をして、彼女は唱える。


「消失せよ」


 言葉の通りにウェーブは霧散する。

 魔力の残滓がブルーダイヤモンドの破片ように、きらめいた。


 次いでアウローラは攻撃に移る。


「地にいかずちを落とせ。我が敵を焼き尽くさん」


 手のひらを掲げると空が曇天に塗り替わる。今にも災いが起こりそうな、暗い空。稲妻が閃き、雷が降る。直撃。光の柱が立った。

 そして、衝撃。

 爆風。

 土煙が舞う。

 視界不良。


 アウローラは仁王立ちをして、様子を伺う。

 倒せたはずだ。確信を持つ。

 ところが視界が晴れた瞬間、彼女が愕然とした。


「なんで……?」


 動揺で声が震える。

 平らになった大地には少年が無傷で立っていた。


「驚いたぞ。お前にまで通じるとは思ってなかった」


 しれっとそんな言葉を口にする。

 驚いたのはこちらのほうだ。口ぶりからして、相手はアウローラの術を無効化している。だが、それは生半可なものではない。普通はできない。彼女の扱う術は並の防御の術式であれば、貫通するからだ。

 裏を返せば超人ならば、攻略はできる。つまり、目の前にいる少年は、普通ではない。本当にまずいのは彼のスペックだ。

 焦りが生じ、必死になって、対策を練ろうとする。

 脳裏をよぎったのは、先ほどの発言。


 ――「お前にまで通じるとは」


 なにかをしたことは明白だ。

 彼女が頭を回転させる中、不意に相手が口を開く。


「普通じゃないな、お前の術。異能か? それも、言ったものを現実にするものだ」


 少年もアウローラの術を分析していたようだ。


「なるほど、それこそプロトライプだ。ただ一人のオリジナルにふさわしい力というべきか。なんせお前が『そう』だと言ったものは、全てが正しい。そういうことになるんだからな」


 相手の考察は正しい。アウローラの持つ力を端的に表すと、理想を現実に変える術、となる。


「合ってるよな? なら、分析は終わりさ」


 様子見は終わりだ。

 命を取りに来る。

 術を行使。

 魔力がうごめく。

 水の刃を形成。ロングソードほどの長さだ。

 水色のラインが視界を走る。

 横を一閃。

 とっさに下がる。

 水の刃は足元をさらい、地面をえぐった。


 避けずとも傷は負わなかっただろう。

 分かっていても避けざるを得なかった。

 まさか人類のプロトタイプともあろうものが、回避行動を取るとは。

 おのれの取った行動に動揺が止まらない。心臓がバクバクと鳴っている。

 ああ、なんて恐ろしい。

 冷静に考えると、こちらの術を突破してきた時点で、彼はアウローラと同格だ。ただの人間が神使と同じ領域にたどり着いて、よいはずがない。人類の頂きに立った後は神に挑むのみではないか。なんたる、禁忌。

 心が波立つ。皮膚が泡立つ。もはやなにが起きても驚かない。


「そういえば主、退魔師でもあるんじゃな?」


 動揺をごまかすように、強気な態度で尋ねる。

 それは最後の確信を得るための問いだった。


「専業じゃないさ。頼まれたからやってるだけだ」


 しれっと答える。

 確定だ。


 そう、彼は退魔師。彼の扱う結界は、害意のある魔なら神の一撃であろうと、防ぎ切る。

 では、物理攻撃ならばどうだろう。通用するのではないか。

 女は口角をつり上げる。

 ついに抜け道を見つけた。


 拳を作るや否や、疾風のごとき勢いで、飛び出す。

 怒涛の勢いで駆けて、挑みかかる。

 なお、彼女のパンチは届かなかった。


 平らな靴が溝に引っかかる。先ほど、水の刃がえぐった箇所だ。


「あっ……」


 体が傾く。

 後ろかた倒れる。

 頭をぶつけて、視界が暗転。

 彼女は気絶した。


「え?」


 フーランが素の声を出す。


「いや……本当に引っかかったわけじゃないだろ」


 まさかと思いながら様子を見にいく。

 近づき、見下ろす。アウローラは喜劇のように白目を剥いて、倒れていた。

 意識はない。無防備。止めを刺すチャンスだった。



 しかし、彼は動かなかった。

 感情の読み取れない目で相手を見下ろしながら、水の刃を収める。

 フーランは踵を返し、警戒色のマントを翻した。

 無言のまま、足音すら立てずに少年は去る。

 墓場には元の静寂のみが残された。



 数十秒後、アウローラは目を開ける。仮に傍から見ていた者がいた場合、相手は寝た振りだと勘違いするだろう。そのくらいタイミングがよかった。

 彼女は目をぐるりと動かし、周囲を見渡す。それから困ったように眉をひそめ、口をへの字に曲げた。


 なぜ、自分が陰鬱な場所にいるのか。

 なにが起きたのか。

 分からない。

 頭の中が空白に染まっている。


 きっと恐ろしい目に遭ったのだ。それこそ猛獣に襲われたような。

 想像すると体が震える。鳥肌が立ち、背筋を寒気が襲った。


 ここは危ない。

 本能で感じ取ると、勢いよく身を起こした。

 直立し、足を動かす。すたすた。小走りで逃げ出した。

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