行商人
フラン・マースリンとアウローラが、墓場へ赴いている最中。
行商人であるデイヴィッドは荷物を持って、市街地にやってきた。
今日も今日とて商売に勤しむ。冒険者のための道具もたっぷりと用意してきた。
祭りのような雰囲気の通り。男たちが入れ代わり立ち代わり歩き去っていく中、彼の露店にも客が訪れる。
なめらかな肌に落ち着いた顔立ちをした少女だ。縹色のウェーブをなびかせながら、テーブルを見つめる。彼女の淡い青色の瞳に映る商品は、ただ一つ。バレッタだ。銀の金具に無数のパールが寄り集まっている。まるで海に浮かぶ泡のようだった。
「いかがです? 似合いますよ」
無色透明の声に反応して、少女が目線を上げる。相手を凝視。目を合わせる。彼の瞳はあじさいに似た青色だった。
「正体隠しの魔道具ですよ。魔力を抑え、見た目を偽装する代物です」
「髪の色も変わるの?」
「はい」
彼女の興味を把握した上で、行商人は薦める。
「あなたには必要なものですよ」
眼鏡のオーバル型の縁をつまんで上げる。レンズが白く光った。
買わせる気しかない行商人に対して、少女は思い詰めたような表情で、うつむく。
一瞬のためらい。それを即座に振り払って、宣言を繰り出す。
「ええ、あたしは隠れなきゃいけない存在だもの」
「では料金はこちらになります」
値段を伝えると彼女はコインを差し出す。
行商人は受け取り、取り引きは成立。
少女は財布をしまうと、通りの入り口を向いて、歩き出す。用はないとばかりにすみやかに露店から離れ、ウェーブを背中に流した後ろ姿は、豆粒のように小さくなっていった。
彼女と入れ替わる形で、新たな客が現れる。
若い男だ。背景に溶け込むような見た目をしており、煙がかったように印象が薄い。
「誰か来なかったですか?」
大変、緊張しているようだ。初めておつかいに来た子どものように、頼りない。視点は定まらず、目を合わせようとしては、慌ててそらす。
彼の名はルイ。昼間はヒルダ・マギーという女性に仕え、裏ではグラジオラスの一員として活動している。要は先ほどの少女――マリエッタ・ローレライとは敵対関係にある。彼が探しているのは彼女であるはずだが――
「怪しい者は、なにも」
眉一つ動かさずに嘘を吐く。
相手は少し目を大きくした。
「ああ、いや、俺の勘違いなんで、気にしないでください」
恥ずかしそうに汗をかき、目を泳がす。
「人探しでしょう? 協力しますよ」
「気にしないでください」
「でも、せっかくの機会ですし」
行商人の圧に押されて、尋問された囚人のように、青年は吐く。
「別件だが、居場所を知りたいやつなら、何人か。仮面をかぶった黒ずくめの男なんですが。どこにいるか知りませんか?」
「いいえ」
即答する。
「ずいぶんと目立つ方ですね。彼がなにか?」
詳細を尋ねると相手はうつむきがちになり、眉を寄せる。
「ええと、その……」
顔に汗をかき、頬をポリポリとかきながら、言いよどむ。
「あなたには関係ない話なんで」
「そんなことを言われたら、余計に気になるじゃないですか?」
外堀が埋まる。答えなければならない雰囲気が出来上がった。
客は焦り、ややあって観念した様子で、ヒントを漏らす。
「俺にとってもよく分からん人ですね。ただ、なんか隠してるんですよ。あの魔力量で魔法が使えないなんて、嘘じゃないですか。ある意味では俺と似たような部分もあると思いますけど」
ペラペラと話す。
その途中で「あ」と気づいたように表情を固め、おどおどとし始めた。
「いや、忘れてください。それか聞かなかったことにして」
どうやら話し過ぎたことに気がついたらしい。
「じゃあ」
居心地が悪くなったのか、逃げ去ろうとする。
行商人は逃げさない。
「せめてなにか買っていってください。支部でもいいんで」
「支部?」
青年が目を丸くしながら、振り返る。
「建てたんですよ。本格的に開店する予定です。よろしければご贔屓に」
「そのことなんですが」
急に相手が真顔になる。
「全焼したっぽいですよ」
「はい?」
冷淡に繰り出された情報に、行商人は言葉を失う。
あくまで顔は涼しげなのだが、内心は動揺していた。
彼がどのようなリアクションを取るべきか迷っている内に、青年は背を向け、歩き出した。
客は去る。デイヴィッドは一人、露店の内側に残された。
日が空を焦がし始めたころ、行商人は店を閉めた。
支部に向かうと、本当に全焼していた。店のあった場所は跡形も残っていない。木材は黒々とした炭と化し、地面には灰が雪のように降り積もっていた。
燃えるような赤い空の下、青年はドーンとした影を背負い、焼け跡の前で、立ち尽くす。
「これはこれはご愁傷様で。お前さんもツイてねぇよ」
見知らぬ男がからかいに来た。
聞くところによると、この通りでは喧嘩が勃発し、魔法での戦闘に巻き込まれたらしい。
「お気遣いなく。行商に移ればいいだけですから」
なに、慣れたものだ。
彼は幾度となく、家を失っている。この間は放火だっただろうかと、冷静に思い返す。
いいや、本当に――
「何軒目なのやら……」
もう建てるのはやめよう。
彼は固く誓ったのだった。
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