盗賊たちは剣の価値を知らない

「へー」


 胸を張って主張をする彼女だが、青年の反応は薄い。

 そんな彼の態度にムッとしたように、少女は早口で語り出す。


「本物よ。私は勇者様――つまり神に近しい人物を先祖に持っているの。そう、この私が言うのだから、信じるべきです」

「近しい人物ってまた、微妙なところだな」


 クリスが聞き流そうとすると、相手はさらに機嫌を悪くする。


「皮肉ね。盗賊のほうがまだ、剣の価値を理解しているだなんて」


 彼方を向き、唇を尖らせる。


「でも、もはや意味なんてないわ。獲得すれば栄光が手に入るとは言うけれど、今となってはただの飾り。ジュエリーのようなものよ。高く売れるだけの」


 ブツブツと愚痴を吐くようにつぶやく。


「嫌になるわ。栄光を得ても意味なんてないのに、それなのに奪おうとするのよ。本当の価値すら知らないで。そんな人たちのために、私たちは……」


 言葉を区切り、唇を噛む。


「ああ、無駄無駄。城を構えて厳重に守りを固めても、地下から潜入されたら台無しよ」


 肩をすくめる。

 つまり、彼女は次のように言いたいわけだ。

 クリスも盗賊と同じだと。

 本人にしてみれば、一緒でも構わない。自身の評価には興味もない。


「分かった。それは確かに勇者の剣だよ」


 気休め程度の肯定。

 実際に目の前の剣は本物だと、クリスは認識している。


 彼の考えではこうだ。


 今ある世界は前世の世界と、鏡合わせになっている。

 過去、勇者は乳白色の剣に導かれ、伝説を残した。

 それが神であるとすれば、その剣は神具となる。


 そこまで考えて、ふと思う。

 神と勇者なら向こうが上だ。

 つまり、自分が前世で使っていた武具よりも、凄い剣ではないかと。

 どことなく深淵に触れたような気分になった。


 そうした中、火の鳥が音もなく迫り、彼を誘う。


『汝、まさか、終わりにするつもりではあるまいな? 奪うチャンスだぞ』


 耳打ちであるため、少女には聞こえない。

 気づかれていないにせよ、彼にとってはヒヤッとする物言いである。


『あれは汝にふさわしい。なにせ伝説の武具じゃ』

「いらないよ」


 小声で返す。


「僕はこれ一つで十分だよ」


 斧を指して、主張する。


『壊れかけではないか?』

「ああ、新調しよう」


 あくまで乳白色の剣に手を出す気はなかった。


「そんじゃあ、僕はこれで」


 手を振り、少女から離れる。

 流れるような動きで、彼方へ歩き出そうとした。

 少女は彼の姿を目で追う。

 唇をもごもごと動かしていた。

 なにか言いたげだが、それを抑え込んだような表情をしている。


 一方で火の鳥はなかなか、少女のそばを離れない。

 なにが気に食わないのか、唇を一文字に結んでいる。


「どうしたんだ?」


 青年が振り返る。

 火の鳥は彼の問いには答えない。

 代わりに少女へ向かって、言葉を投げかける。


『汝、一人では危険ではないか?』

「大丈夫よ。護身術くらいは身につけています」


 誇らしげに答える。


『そうかの? 汝、先ほどは逃げるばかりであったぞ?』

「それは、彼らの人数が多いから」


 少女は身をすくませる。


『いけぬな。それでは大切な剣を失う羽目になるぞ』


 悪魔の瞳が妖しく光る。

 逢魔が刻の空のようだった。


 途端に少女は口ごもる。

 完全に撃沈した様子で、うつむいてしまった。


 一方でクリスは、今頃になって火の鳥のしてほしいことを、察する。

 彼は無言で少女へ足を向けて、次のように呼びかけた。


「分かった。やってやるよ」


 助け舟を出すように。

 すると、少女が顔を上げる。


「町に行きたいんだろ? そこまでなら、守ってやる」


 彼自身、町があれば寄りたいと考えている。

 辿る道が同じであるのなら、付き合ってやらぬこともない。

 なお、この期に及んで少女は渋っていた。


「私、あなたの正体を知りません」

「俺だってそうだよ」


 互いに顔を見合わせる。

 二つの視線がぶつかった。


「悪魔と契約を結んでいるような人じゃない。信頼できません」


 少女の拒絶に火の鳥はムッと、頬をふくらませた。


「あー、分かった。護衛はするよ。代わりにこっちが怪しい行動を取ったら、斬ればいい」


 面倒になってきて、雑な提案をする。

 たちまち、少女の顔が強張った。


「そんなッ! それはあなたが強者だから言えることです」

「じゃあどうするんだよ。ほかに方法なんてないぞ?」


 言い合いは平行線のまま、決着せず。

 このまま事態は停滞するかと思われたとき、足音が群れとなって近づいてきた。


「あら、これは?」


 少女が顔を上げ、頭にピコンと、見えないアンテナを立てる。

 彼女が彼方を向く。

 直後にそれはやってきた。

 ドドドドドと、足音。

 木々の陰から武装を固めた盗賊たちが、押し寄せてきた。


「またこいつらかよ」


 以前と比べて数が増えているあたり、相手は本気だ。

 敵もただでは終わらない。

 逆襲にやってきた。


 それならそれで、対処をすればいい。

 彼が斧を構えようとしたとき、少女は地を蹴る。


「うわぁ、盗賊だわ!」


 勢いよく駆け、青年の真横を通り過ぎていった。


「ちょっと待ってくれ。まだ、話は」


 つられてクリスを走り出す。

 火の鳥も後ろで漂い、遠ざかっていく二人を傍観した後、ふよふよとついていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る