最初の分岐点

 騎士を見逃した後も、クリスは旅を続けていた。

 目的は特になし。無心である。

 青き森は静謐な空気に包まれており、今のところはなにも起きない。

 退屈だ。

 あくびを漏らした矢先に、事件は発生。


「しつこいのよー! こいつらあああ!」


 絹を裂くような悲鳴にはっとなる。

 一瞬で目が覚めた。

 そちらに注目。

 走ってくる影を見つける。


「いい加減にしてよ。あんたらが触れてもなにも起きないって、言ってるでしょうが!」

「だったらなぜ逃げるんだい? お嬢ちゃん」

「重要なもんなんだろ? なあ、答えてみろよ」

「ええ、そうよ!」


 追っ手に向かって、少女が叫ぶ。

 見た目は若く、子どもと呼んでも差し支えはない。

 頼りなさは否めないが、いつでも戦闘ができるような出で立ちだ。

 パンツルックで、遊びも隙もない。


 手には小さなの箱。

 金目のものを隠し持っているのだろうか。


 そんな少女を追い詰めるのは、柄の悪い男たち。数は十名ほど。ボロボロの装備を身に着け、刃物を振り回す姿は、あきらかに悪人。盗賊だろうか。

 ならば、賞金首を捕まえるチャンスになる。


 青年は地を蹴った。

 跳躍。

 ひとっ飛び。

 彼らの前に身を晒す。

 少女と盗賊の間に入り込む形となった。


「うおっ!」

「なんだ、お前は!」


 相手の視点では、唐突に謎の青年がふって湧いたようなものだ。

 驚き、のけぞるのも無理はない。

 なお、一人だけ冷静な者がいた。


「なんだか分からんが、敵なんだろ?」


 大男の不敵な笑み。

 彼は大剣を構えるなり、襲いかかってくる。


「ああっ!」


 少女が足を止め、振り向く。

 危ない。

 叫ぼうとするも、間に合わず、絶望の表情を顔に張り付ける。

 しかし、それは杞憂だった。


 クリスは斧を取り出すなり、斬りかかる。

 力に任せた迎撃は、見事にヒット。

 大男は吹き飛び、木の幹に叩きつけられた。


 地に沈んだ仲間の姿を見つめて、盗賊たちは立ち尽くす。

 言葉は出てこなかった。

 クリスは斧を担いで一言。


「ほかは、どうする?」


 彼は温情を与えている。

 助かりたい者は、衛兵には引き渡さない。

 なにしろ、獲物はほかにもいる。


 もっとも、青年の真意は敵に伝わらなかった。


「うわあああ! 見逃してくれ」


 悪人は大男を回収すると、尻尾を巻いて逃げ出した。


 クリスはそれを見逃しながら、斧を下ろす。


「せっかく稼げると思ったのに。ま、いっか」


 労力が減ったとプラスに考える。

 問題は少女のほうだ。

 斧を背負ってから、そちらを向く。

 彼女はびくっと体を震わせた。


「なんですか、あなた?」


 警戒心に満ちた目つき。


「あなたもこの剣を狙っているんでしょう!?」

「剣?」


 クリスは眉をひそめる。

 彼女の装備品はナイフ一本。

 宝剣の類にも見えない。


 いちおう、小さな箱を握ってはいるが、まさか。


『その中に収めているのじゃな?』


 焔色の女がクリスの体から飛び出して、ふよふよと漂う。


「ヒィッ!」


 少女が悲鳴を押し殺したような声を出す。


「あなた悪魔ね。悪魔憑き? じゃあ黒じゃない。信用できないわ!」


 早口で言い放つなり、少女は逃げ出す。


「待て、冤罪だよ」


 あわてて追いかける。


「弁明させてくれ」

「ついてこないでよ!」


 走りながら、彼女は拒絶する。


「だから言ってるだろ。僕はまだなにもしてないし、そっちの事情も知らないんだ」


 一生懸命に伝えるも、相手は立ち止まってくれない。

 説得は難しそうだ。

 あきらめるしかない。

 そう思ったとき、火の鳥の声が届く。


『決めつけはよくないな』


 火の鳥が少女の前に出現する。

 いつの間にか、回り込んでいたようだ。

 相手はぴたっと立ち止まる。


『こやつの言葉は真実じゃ。剣のことなど、知りもせん。なにせ、世事に疎いものでな』


 丁寧に教え込むように、語りかける。

 青年も足を止めた。


『それに、なんじゃ汝は? 助けてもらっておきながら、逃げるとは。まったく、不誠実な女よな』


 火の鳥は目を細めて、少女を見澄ます。

 鋭い指摘に相手は呻いた。

 もっともな事実を突きつけられて、言い訳もできない。

 唇を閉ざし、目をそらす。

 少女はいよいよ振り返り、渋々ながらも口を開いた。


「ごめんなさい。あなたに助けてもらわなければ、私は盗賊の餌食になっていました」


 潔く頭を下げる。


「別にいいよ。気にしてないし」


 クリスはスルー。

 もっとも、少女は彼の態度に甘える気はなかった。


「もう失礼な真似はしないわ。恩人には誠実に! 今からそれを証明します」


 勢いよく宣言するなり、箱を置き、開封。

 途端に剣が空中に飛び出す。

 まるで封印を解かれたよう。

 それは今、青年の目の前で浮遊していた。


『勇者の剣。伝説の武具じゃな』

「僕の知ってる勇者の剣じゃないんだけど」


 乳白色に揺らいだ刃を見つめながら、クリスは眉を寄せる。


「素人には違いは分からないのよ」

「確かに武器のことは知らないけど」


 それでも、違うことは分かるのだ。

 腰に手を当てて主張をする少女に対して、青年は難しそうな顔をする。


 彼は前世で聖剣を持っていた。

 その刀身は風の魔力をまとい、空色を帯びていた記憶がある。

 けれども、目の前に出現した剣には、それがない。

 存在感も薄れているように見えた。


『妾には本物に見えるがの』


 じっくりと剣を観察してから、火の鳥は視線を少女へと移す。


『汝、勇者の墓から持ち出したのか?』

「そんなことはしません。適当なことをぬかさないでいただきたい」


 少女は首を横に振る。


「私は鍛冶屋の当主。代々剣を受け継ぎ、守ってきた者なのだから」

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