カミングアウト

 それから、青年と少女は行動を共にすることになった。

 相手が説得に応じたわけではない。成り行きだ。

 近づくことを許す一方で、少女は彼に全てを預ける気はないらしい。


「本当の名は教えません。私のことはロッティと呼んでください」

「本名じゃないのかよ?」

「なにか問題でもあるんですか?」

「別にいいけど」


 相手の好きな用にやらせておく。それが一番だ。


「じゃあ、こっちも愛称で。僕の名前はクリスだ」


 あっさりと自己紹介をする。

 それを聞く少女は、退屈そうな目をしていた。


 以降も皆は森を進む。

 追っ手に気をつけながら、慎重に。


 敵に対しては少女のほうが優秀だった。彼女は常時、気を張って歩いている。そのため、敵の接近にすぐに気付いた。

「ここは危ないから迂回しよう」といった提案も、自らしてきた。

 日が沈めば食事となり、野宿となる。

 ロッティは慣れた手付きで準備をした。おかげで青年の仕事は皆無。

 安心して怠けることができるのだった。



 数日後。

 現在地は森。行き先はアビストン。

 治安が悪いと噂の町だ。よりにもよってなぜそこを選んだのかと、疑問に思う。本当に連れて行ってもいいのだろうか。


 懸念に思うものの、ロッティは説得には応じない。

 彼女の望み通りにさせるべきだろう。

 クリスはあっさりと諦め、さらに一歩を進めようとした。


 そのとき、急にロッティが足を止める。

 彼方を向き、体をこわばらせ、瞳を震わす。

 なにが起きたのか、なにに気づいたのか。

 クリスには分からず、ぽかんとする。


『あそこじゃ』


 火の鳥が飛び出し、ロッティが見ている方向を指す。

 南西。

 木々のほう。

 姿はないが、枝はきしみ、葉が落ちてくる。


 刹那、青年はカッと目を見開く。

 殺気が波となって、こちらへ押し寄せてきたのだ。

 遅れて無数の刃が視界とチラつく。


 ハッと少女が息を呑んだ。

 殺される。

 とっさに彼女へ目をつぶった。


 少女は動けない。

 代わりに青年が対処をする。

 彼が斧を投げ飛ばすと、クリーンヒット。

 どうやら、一箇所に固まっていたらしい。

 迷彩服を着た男たちは撃ち落とされ、地面に折り重ねるように倒れていく。


 同じ位置に斧も落ちた。

 厚い刃にはヒビが入っていき、やがて真っ二つに割れる。

 そちらへ近づいてはみたものの、拾い上げることはなかった。


『汝、斧に恨まれるぞ』

「別にいいんだよ。無機物だし」


 元より斧は壊れかけだった。

 それよりも重要なのは、少女のほうだ。


「おい、大丈夫か?」


 声をかけて、一瞬固まる。

 彼女は震えていた。

 恐怖に怯えて縮こまり、青ざめている。

 うつむき、奥歯を噛むと、急に泣き出しそうな顔になった。

 ロッティはまた大きく口を開ける。


「いったいいつまで――」


 顔が歪む。

 涙がこぼれ、頬を濡らした。


「こんな感じで、怯えてなきゃいけないのよ!」


 溜め込んだ思いを吐き出し、悲痛な感情が表に出る。


「あたし、頑張ったのよ。襲撃にも耐えて、剣だけは守ろうって……!」


 その態度は、いままでの彼女からは想像がつかないほどに気弱で、儚げに見えた。


『それくらい、大切だったのじゃな』


 ふよふよと火の鳥が動く。


「大切なんかじゃ、ないわよ!」


 ロッティは怒鳴るように言い返した。

 途端にクリスは言葉を失う。

 彼女の意思を理解できない。

 わけが分からなかった。


「できるのなら、手放したかったわ。だって、そうでしょう。こんなものを持っているから、厄介な目に遭うのよ。みんな、剣を狙うの。お母さんだって、剣を守って死んだのよ。そして、これを託して。あたしに全てを背負わせて」


 少女は唇を震わす。


「でも、手放しちゃいけないのよ。持つべき人が現れるまで、待ち続けなきゃ。そのためにあたしたちは代々、剣を守ってきたのよ」


 息を吐く。

 眉の形が歪む。

 瞳は潤んでいた。


「あたしはいったい、いつまで待てばいいの。そんな人、来るわけがないのに」


 彼女の言葉は嗚咽混じりで聞き取りづらかったが、どれほど悲痛な思いを抱えて生きてきたのかは、伝わってくる。


 思えば、最初からわかりきっていた問題だったのかもしれない。

 一人の少女が――それも成人も迎えていないであろう娘が一人残され、盗賊に追われる。想像を絶するほど、過酷な運命だ。

 さすがに理不尽だとも感じる。

 なぜ神は彼女にそんな責務を託したのだろうか。


「解放されてもいいんじゃないかな?」


 優しく声をかける。


「できないわ……」


 弱々しく彼女は答える。


「だってこれはお母さんの大切なものだもの。私はあの人たちの思いを、裏切れない」


 言葉の端が細く、かき消えていく。


 彼女は背負い続けなければならない。

 自身とは無関係な剣を、爆弾のように。


 限界であることは、嫌でも伝わってくる。

 もはや見ていられなかった。


「もういいよ。僕に渡してくれ」


 ロッティが顔を上げる。


「僕が勇者だ」


 瞬間、彼女は目を見張る。

 信じられない。

 冗談ではないかとと問いたげな表情をしていた。

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