経緯

 一ヶ月前。

 まだ冬の寒さの残る晩、一人の男が屋敷を訪れる。

 居合わせたのは父と母、娘のエミリー。

 玄関で両者はにらみ合う。


「俺は本当は王権がほしいんだよ。そいつが手に入らんもんだから、宝玉で妥協してんだ。仮にも賢者が守る宝だ。特別な力を宿してんだろ? そう期待してたんだが、なんだぁ、そのくだらん効果は?」


 男は腕を組んで仁王立ちになり、片眉をひそめた表情をする。


「なにって、『平安』だよ。素晴らしい効果だとは思わないか。持ち主は一生の安泰を約束されるんだ」


 父は自慢げに語る。


「一瞬でもいいから見たまえよ。君も気に入るだろう」

「やめなさい。略奪者を歓迎するなど、なにを考えているのですか?」


 母が頑なな拒絶を示す中、娘は不安げに様子を見守る。


「フン。価値などない。聞いてあきれた。なんと期待外れなことか。平和ボケした貴様らにお似合いだ!」


 鼻で笑う。


「ひどい言い草だね」

「事実です。受け入れなさい」


 ポリポリと頬をかいている父に対し、母は冷たく突き放す。


「しかし、気に食わない。オリーブの石の価値を、理解できないとは。それではおのれの愚かさと自ら主張しているようなもの」


 彼女の瞳が硬質な光を放つ。


「私は夫のように甘くはない。あなたはここで倒れなさい。亡国の悪人」


 銀色のタンブルを握りしめる。

 彼女の手の中でそれは、剣へと変化。

 武器を構え、母と悪と相対する。


「愚かなのは貴様らだ。女、人を本当の意味で理解できん者が、勝手な口で語るんじゃねぇよ」


 矛を取り出す。

 先端から黒い闇が広がり、渦を巻いた。


「闇より生まれ落ちた蛇よ、断罪の権利を譲る。紫の液を滴らせ、その身を食らえ」


 地中から無数の蛇が出現。

 敵はまっすぐに母を襲う。

 それを父が傍観する中、娘は気が気ではなかった。

 対する母は冷静に対処する。


「月の力を宿す金属よ、我が身を守れ。鉄壁の盾は真なる守護者。今宵、白は漆黒を拭い去る」


 詠唱の後、剣は盾へと変化。母を守る。

 毒は完全に消え失せ、漆黒は地中へと還った。


「言ってんだろ、宝玉は狙わん。ああ、いや貴様は耳がないのだったな。何度伝えても無駄なことか」

「関係ありません。あなたが悪である限り、一歩も通さない」


 互いに一歩も譲らない。

 男のほうも宝玉はともかく、屋敷には執着をしている。

 蛇に似た暗緑色の瞳が、ギラギラと光っていた。


「お堅い貴様らのために何度でも言ってやる。宝玉からは手を引く。代わりに重要なものを俺に差し出せ」

「おやおや。全く引く気がないようだね。さあ、どうしようかな?」


 父が母へ視線を送る。

 彼は相変わらず、のんきそうだ。


 男はずらっと視線を家族へと向ける。

 母と父――そしてエミリーへ。

 石に似たグレーの髪をした娘だ。

 彼が注目したのはその瞳。

 色名でいうと青竹色だが、翡翠に見えないこともない。


「ちょうどよい。俺と同じ目をした女が、いるではないか。渡せよ、その貴重な財産たから


 高圧的に物言う。

 唐突に標的にされて、娘は身震いした。

 目の前に立つ男が恐ろしい。

 なにを考えているのか分からないし、どう転んでも悪い結末にしかならない気がする。

 なによりも癪なのが、彼が自身を同じ目をしていると評したことだ。

 それはエミリーにとって、最大限の侮辱である。


「ふざけているのですか? クズめ、話せば通ると思ったら間違いです」

「さすがにそこは見逃せないね。君、狙う相手を選んだほうがいい」


 あたりをピリピリとした空気が包む。

 緊張の中、エミリーは手のひらに汗をかく。


 彼女には分かっていた。

 相手はしつこい。一度やると決めたら最後まで動かないタイプだ。

 一度の敗北だけでは納得せず、何度でも挑んでくる。

 かといって命を奪うことは難しい。

 それだけの実力を、しぶとさを、相手は持っている。


 捕まる。

 両親のための身代わりとなる。

 それ以外の選択肢を、彼女は持たない。


 自分が耐えれば、丸く収まる。

 宝玉は守られるし、彼らも手を出されない。


 エミリーには分かる。

 両親が本当の意味で子を愛するわけがないことを。

 誰にも期待をされず、突き放されるだけならば、いっそ――


「分かりました」


 静かに切り出す。

 途端に両親の顔色が変わった。


「聞き間違いではないよねぇ? 君がそういう娘ではないことは、私も分かっているのだが?」


 怪訝そうな目つきになる。

 エミリーは彼らには視線を送らない。

 前だけを見る。

 その直線上に立つは、蛇のような目をした男。

 彼の暗緑色の瞳は妖しい光を放つ。


「私はあなたの元へ行きます。その代わりに、家族には手を出さないでください」


 確かな意思を込めて、彼女は告げた。

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