第一幕 

第一章 後編 蛇を穿ち天に昇る

バングルと水晶を交換

 一夜明けた。

 宿から出る。


「探してましたよ」


 いきなり荷物を持った青年と出くわす。

 外見は好青年。清潔感にあふれている。

 顔に見覚えはないが、声と態度には既視感があった。

 行商人である。


「すまん!」


 初手、謝る。


「料金、払い忘れてた。なにがほしい?」


 商品にはコインで返さねばならない。

 もっとも、クリスは内心、ただで物を貰うつもりでいた。

 できるのなら得をしたいし、厚意にも甘えたい。

 かすかな期待を抱きつつ、相手の反応を待つ。


「俺は商品を買ってほしいんですがね」


 行商人がカバンを下ろす。

 箱を取り出し、開いた。

 中には色とりどりの宝石が収まっている。


「なんか浄化できそうなものとかない?」


 無料にはならなかったが、これはこれで都合がいい。

 クリスは積極的に交渉しにかかる。


「水晶なんてどうですか?」


 透明な玉を指す。


「使い捨てですが、役に立ちます」

「さすが行商人。持ってるじゃないか」


 彼がこの町に来ていてよかった。

 素直にそう思う。


「ちなみにあなた、湖畔の屋敷へ行きますよね? 危険ですよ」

「は? なんで分かるんだ?」


 クリスは目をパチクリとさせる。


「毒を受けたのなら、彼に喧嘩を売ったんでしょう。浄化の力を求めているのなら、彼と戦いにいくつもりでもいる。違いますか?」

「ま、いいじゃないか。君には関係ないし」

「そうですね」

「止めないのかよ?」


 行商人は静かに箱をしまい始めた。


「あくまで形式上の忠告です。俺は商人。それ以上のことはしませんよ」


 彼はあくまで商売をしにクリスに近づいた。

 だから――と、行商人は手のひらを相手へ向ける。


「対価は受け取りますよ」

「じゃあ、分かった。貰ってけ」


 クリスはバングルを外すと、行商人へ押し付ける。

 透明な宝石がついているため、見た目は高級そうだ。

 価値は高いと見たが、彼には必要ない。

 すでに火の鳥は彼から離れているのだから。


 一方で行商人もバングルの価値を理解したらしい。

 満足そうな顔をすると、箱を片付け始めた。


「では、武運を」


 そんなことを口にして、彼は去った。

 後ろ姿が町の奥へ吸い込まれていく。

 それを見送ってから、青年も彼に背を向けた。

 かくして、また一歩を踏み出す。

 彼の足は町の外れへと、向かっていた。

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