彼の作戦

「俺ぁ端から奴を狙っていたのさ。御使いであるレオをな。王の素質を持つあの男はいずれは超えねばならん壁だからな。だがしかし、やつは神出鬼没なもんでな。なかなか居所を掴めねぇ」

「だからおびき寄せようとしたのかい」


 やや離れた位置で戦士の格好をした男がつぶやく。彼はカードをいじりながら話を聞き流していた。


「正解だニック。そうとも。俺ぁその方法を知っていたもんでな」


 堂々とリーダーは語る。


「お前らも知っているだろう? 悪魔の封印が解け、大罪どもが解き放たれた事件を」

「罪人はトラウム・エルフリーデだったかしら」


 シンプルなドレスに身を包んだ女は、思い出すように視線を上に向ける。


「いいや違うな。封印を解いたのはレオだぜぃ」


 リーダーはきっぱりと言い切った。

 不正解だと突きつけられた女は大きな目を丸くしつつ、彼へ注目する。


「あの封印は本来ならたやすく解ける代物じゃねぇのさ。仮にも御使いの術だぜぃ。人間の領域で干渉できるものか」


 見抜けなかった者を蔑むような目をしつつ、さらに続きを吐く。


「おそらく奴は悪魔を求めてやがる。そこで、だ。俺はこう考え次のような行動に出たわけだ」


 一度言葉を区切って、まったいぶったような態度で、彼は述べる。


「レオを釣るには俺が大罪の一員になればいい。そうすりゃ悪魔の匂いに釣られて、寄ってくるだろう。そのために俺ぁ憤怒の悪魔と契約を結んだんだぜぃ」


 結論からいえば作戦は成功。


「奴はのこのこ俺の前に現れるなり、挑みかかってきたのさ。かくして戦いは始まり一瞬で終わった。そう、気がつけば俺ぁ倒れていたのさ。おまけに悪魔との契約で得た力も、失われていてな」


 やれやれというように肩をすくめ、両手を開く。



「いや負けてるじゃないスか」

「ノーカンだ」


 ルイではないほうの青年ブライアンがツッコミを入れると、リーダーはふてぶてしく返す。


「俺ぁまだ生きているんだぜぃ。通常であれば負けはしねぇ。最低でも引き分けなんだぜぃ。次は一矢報いるさ」

「いや、やめときましょうよ。なんでよりにもよってレオなんスか? 勝てる気がしないッス」


 まだ諦めていない様子のリーダーを横目に、線の細い青年は、冷や冷やと意見を申し出る。


「だろうな。俺もなにをされたのか分からなかった。一瞬で視界が暗転したからな」

「開幕、意識を飛ばしたか。奴さん、術の危険性を分かっていたな。お前さんが相手なら誰でもそうするさ。発動させる前に殺るのが正攻法なんでな」


 しれっと恐ろしげな情報を語るリーダー。

 ニックという戦士は淡々と分析を進めていた。


 一方でドレス姿の女はおもむろに立ち上がる。

 彼女はピリピリとしたオーラをまといながら前進し、リーダーの前で足を止めた。


「レオについたのはどこのどなたかしら。名を教えてくださる?」

「おい、やめときな。こいつは俺の事情だ。お前を巻き込む気はねぇよ」


 女は報復に行く気満々だ。

 今にも標的を暗殺しかねない彼女を、気楽そうになだめる。


「ええ。傲慢退治はあなたに譲ります。私も自由に動くわ。個人的な事情で」

「メイベル、そう怖い顔をするな。不細工に見えるぜぃ」

「つれないのね、私のアドアステラ」


 女はむすっとふてくされた様子で、そっぽを向く。

 ヴィンセント・アドアステラ。リーダーはそう名乗っている。要は偽名だ。彼の本名を知る者はすでにこの世にいない。


「冗談さ。お前は笑っているほうがきれいだぜぃ」


 さらりと殺し文句を吐くと、たちまち女は固まり、頬を赤らめた。

 ロマンチックなムードが狭い範囲に広がる中、ニックは鋭い視線でそちらに向ける。


「女を見る目がないねぇ」


 ぼそっとつぶやいた言葉を聞き取り、女は眉をひそめた。


「お前さんを囲っていた女どももそうさね。さんざん持ち上げておきながら、あっさり鞍替えときた。平気な顔で裏切りとは誠実さの欠片もない」

「いやいや悲しいねぇ。それでも俺ぁ嫌いじゃないぜぃ。この俺を裏切る逸材はそうそういねぇ。神の信仰者でないだけ、まともなほうさ」

「あれは、もっとろくでもないものを信仰してるんじゃなかったかい?」

「ああ邪神スか。今の神が邪魔なんで殺せる者を探してるんでしたっけ?」


 そのために女たちは強者を祀り上げようとしている。彼女たちは人を強さでしか見ないし、強ければなんでもいいらしい。


「なんにせよおのれが欲求のままに動く姿は輝いている。そうは思わねぇかぃ?」


 飄々と彼は語る。

 女たちの裏切りは気にもしていない。

 その態度は寛容というより、興味のなさを強調しているようで、もはや冷たくすらあった。


「関係ないわ。彼女たちの居場所を突き詰めて、逆襲します」

「だ、そうだ。どうするんだい? メンバーを頼ってもいいがね」


 なおもやる気満々の女をチラリと見つつ、ニックは淡々と口に出す。


「儂も止めはしんさ。可能性はあるんでね」


 いったん女から視線を外し、理知的な目でリーダーを見やる。


「反逆を成したいのであれば、ギリギリまで温存しておくんだな。タイミングさえあれば敵うやもしれん」


 忠告にも似たアドバイスを繰り出す。

 未来を読んだような口ぶりだった。

 対してリーダーは露骨に不機嫌そうな反応を見せる。


「ああ? なんでだよ。俺ぁ、護られたいわけじゃねぇんだぜぃ。単独でもいけるさ」

「それ、なにも考えずに突っ込むだけでしょ? やめてくださいよ。あんたの術、怖いんスよ」


 細身の男は悪夢を思い出したかのように、身震いした。


「最低でも引き分けに持っていけるなら、いいだろうがよ」

「あれぁ実質負けだろ。作戦負けだ」

「おっとそうだな」


 冷静な指摘に開き直ったように認める。

 それがどうしたといわんばかりの態度だ。


「とにかくお前さんは最後まで生き残っておきな。機会を伺えばいいのさ」


 ニックの予言にも似た発言を聞き入れ、リーダーは呑む。

 かくして話はまとまった。



 他のメンバーはやる気満々に、拳を作っている。

 熱いムードの中、ルイは一人置いてけぼりを食らって、壁際の影に沈んでいた。

 いつの間にやら大罪と戦う方向へ話がついている。口を挟まなかった側からすると、巻き込まれたという感覚が強い。まさかとは思うが自分も戦わねばならないのだろうか。それは嫌だなと口の中でつぶやく。

 本音を言うとリタイアしたい。どうしたものかと右往左往。


「で、お前はどうする?」


 様子を伺っていると不意にリーダーの視線がこちらを向く。

 捕まった。ぎょっと身をすくめる。

 ルイが身構える中、相手はかすかに口元をゆるめた。


「逃げてもいいんだぜぃ」

「は?」

「お前、弱虫だろ? 命が惜しいならさっさと逃げちまいな」

「な、なに言ってるんですか?」


 リーダーが逃げ道を示すとたちまち、ルイは狼狽する。


「俺はもちろん大罪の連中を探しますよ」


 早口で主張を繰り出してから、即興で考えた作戦を打ち明ける。


「レオは今傲慢なんですよね? 大罪の一員だ。そのメンバーなら奴の居場所を知ってるはずです。俺は奴らに接触して行方を掴むつもりですよ」

「おぅい、話を聞いていなかったのか? 俺ぁそいつでやらかしてるんだぜぃ。お前なら絶対失敗するだろ。なにも、そこまでリスペクトしなくていいんだぜぃ。ほら、無理ならそうと白状しろよ」


 意図せぬ煽り。

 ルイはまんまと引っかかり、顔を真っ赤にして、言い返す。


「舐めないでくれますか? 俺だってやれます。絶対に成果を出しますんで、今に見ていてください」


 宣戦布告じみた言葉を残して、飛び出す。

 リーダーは追わなかった。仲間が去る場面を淡々と見届ける。


「どうするよヴィンセント。ありゃあ早死するんじゃないかい?」

「放っておきな。あいつが決めたことだぜぃ。散ったのならそれまで。それが奴の結末ってことよ」


 あっさりとつぶやくとリーダーは入り口から目をそらす。

 たとえ敗北して死したとしても、彼はあっさりと受け入れられる。所詮はその程度。運命を超える力が足りなかっただけの話だ。ただ、それだけ。

 刹那的な生き方をしているがゆえに、彼はルイを止めなかった。

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