お悩み相談

 リヴァプールの市街地に一つの教会がある。持ち主が死んでからというもの、ほったらかし。見捨てられたように荒れていたところに、白いローブを着たシスターが現れる。彼女は建物を清掃して、ピカピカにした。塵やゴミは取り払われ、あたりには神聖な空気で満ちている。

 それから床に魔法陣を設置。最後に看板を立てかける。『皆さんのお悩みをお待ちしております』と。

 各地方を巡って同じ作業をするのは骨が折れたが、終わってしまえばこちらのもの。

 さあ、『お悩み相談室』の開店である。シスターは満足げに純白の教会を見上げた。


 客を待っているとさっそく一人、やってくる。

 影は教会に入るなり魔法陣を踏んだ。直後に相手は空間から姿を消す。本人も気づかぬ内に自然に、別の場所へと転移した。場所は砂漠に建つ宮殿の一室。ガラスで区切った場所の外側で、影は立ち尽くす。


「すみません」


 主を呼ぶ声は空間の奥まで届いた。

 白く磨いた四角い空間で、シスターは入り口へ目を向ける。手にはグラス。中には青みがかった色の液体が入っている。あたりにはほんのりとスミレの香り。

 客を待っていたのは事実だが、応対するのは面倒だ。やれやれと思いながらもグラスを置いて、立ち上がる。

 さりげなくネックレスを回収し、首に下げた。紫水晶が胸元で輝くと、黒い瞳が紺色に染まる。


 シスターが外に出たとき、客はイスに腰掛けるところだった。ガラス越しに見澄ます。

 ああ、彼女か

 心の中でつぶやく。


 客は華奢な少女だった。白いワンピース姿で細い足にピンクのサンダルをつけている。背には透明感のある黒髪。波打つそれをハーフアップにし、バレッタで留めている。

 彼女の正体は傲慢の同僚であり、七つの大罪の一員。嫉妬を冠する少女の名はマリエッタ・ローレライ。通称、マリアだ。


 一方で少女は気づかない。目の前のシスターが傲慢と組んでいる傾国だと。

 それもそのはず。現在のサクにオーラはなく、清らかな雰囲気を醸し出す程度。装飾品は首に下げた紫水晶のみだ。おまけにフードを深く被っているせいで顔がよく見えない。

 シスターもまた正体を打ち明ける気はなかった。

 音もなく内側に置いたイスに座ると、素知らぬ顔で相手を見る。


「なんか気に食わないんだけど」


 開口一番。顔をしかめて突っかかる。


「いきなりなにをおっしゃいます?」


 思わぬ反応に驚いて、身をそらした。遠くで高らかな笑い声が響いたが、あえて無視。


「だって、怪しいじゃない。いかにも『いいことしてます』って風だけど、隠せてないのよ。悪辣さがにじみ出てるわよ」

「そこまでおっしゃいますか? もしも私がただの善人であったのなら、いかがなさるつもりです?」

「ほら。そう言ってる時点であんたは黒なのよ!」


 遠慮なく指でさす。

 完全に決めつけられている。

 実際、正しい。『まったくもってその通り』だ。彼女は優雅に暮らすために資金を溜めようとしている。要は金稼ぎだ。

 しかし、本人は悪びれない。悩みを抱えている者は国には大勢いる。彼らの話に耳を傾けて適切な言葉を与えれば、救いにはなるのだ。ゆえに自分の行いは正しいと。

 もっとも、言い訳を重ねている時点で、図星なのだが。


 内心怒りを覚えて頬をピクつかせる。

 嫌な客だと感じながらも、決して追い出したりはしない。


「要件を伺ってもよろしいでしょうか?」


 硬い口調で切り出す。

 こちらも罵声を浴びるために窓口を開いたわけではない。懺悔なりなんなりを聞き出せぬ内は退くわけにはいかなかった。


「ふん」


 マリアは腕を組んで、唇を尖らせる。


「あえて言うなら恋愛相談」


 恥じらうように目を伏せる。


「三角関係に悩んでおいでですか?」

「別に、そんなんじゃないわよ。あたしなんて勝負の土俵にすら上がれないんだから。向こうは意識すらしてないんじゃない?」


 少女は不満げにそっぽを向く。


「あたしだって最初は気にもしてなかったわ。報われようだなんて思ってなかったし、見ているだけでよかった。だからあの人が誰と一緒にいても、平気でいられたわ。でも、今は違うのよ。彼と接するにつれて欲が出てきたの。彼にとっての一番になりたいって。だけど、無理。こんなあたしじゃ本当の気持ちすら伝えられないわ。ああ、なにもかもが恨めしい。焦れったくて焦がれて、たまらないのよ」


 早口で口走り、頭を抱える。

 あふれる気持ちを抑えられたいといった様子だった。


「ねえ、どうすればいいの?」


 バッと顔を上げて、問いかける。


「あたしこれから、どうなるの?」

「死ぬのではないでしょうか」


 シスターは無慈悲に答えた。


「恋煩いで死にます。恋に焦がれ、その身を焼き尽くすでしょう」


 実にテキトーな発言ではあったが、相手は真に受け、硬直した。ずーんと効果音が鳴りそうなほどに落ち込み、肩を落とす。かと思うと急に動き、身を乗り出した。


「なんとかしなさいよ。このままじゃあたし、どうにかなっちゃう」

「すでにどうにかなっておられるのでは?」


 焦りから必死になる少女を棒読みで制す。

 シスターは冷淡だった。取り合う気はない。見放されたのだと受け止め、マリアはうつむく。彼女はおとなしく着席すると、揃えた膝に拳を置いた。


「やっぱり無理なのね」


 絶望的な面持ちでつぶやく。


「今までだって不安だったのよ。見捨てられないか、嫌われないかって。よい未来なんて見えないわ。どうせ誤解されて嫌われるもの」


 深刻に考える少女。

 一方でシスターは気楽だった。


「あなたは嫌われません」

「どうしてそんなことが言えるのよ?」


 マリアは目付き悪く相手を睨む。


「以前よりあなた方を拝見しておりました。私の印象としては彼が他者を嫌悪する者とは、感じませんでした」


 客観的な情報を述べる。


「まずは彼を信じてみては、いかがでしょうか?」


 真面目な助言。


「信じる?」


 胡乱げに見据えるマリアに、「ええ」とシスター。


「彼はあなたを悪くとらえません。せいぜい内心、『この人はなにを考えているんだろう』と、お思いになる程度です」

「それじゃあいけないのよ!」


 マリアはテーブルをバンッと叩く。

 彼女の荒ぶったような様を見て、フードの影でシスターの瞳が、妖しい光を放った。


「今のままではいけないと、自覚なさっているのですね? でしたら改善するよう努めるべきです」


 正論だった。

 返す言葉もなく、マリアはおずおずと座り直し、難しい顔をする。


「たとえ素直になってもあたしなんか……」


 口の中でブツブツとこぼす。

 彼女は劣等感の塊だった。


 相手の心を見抜いた上で、シスターは告げる。


「ひとまず小さなことから好感度を稼いではいかがでしょうか。親切な対応をなさったり、彼に得となる行動を取ったり」

「そうよね。まずはそこからよね」


 マリアはうなずき、似た言葉を何度か口に出す。おのれを落ち着かせるように。


 ともかく方向性は決まった。相談も終了。少女はコインを取り出して、テーブルに置く。料金を払うと席を立ち、表に出る。清らかな教会を背に直立。さあ、全てはここからだ。マリアは引き締まった表情で空を見上げた。


 片や、一人室内に残された女は、不安になっていた。

 今のアドバイスで大丈夫だっただろうかと。いかんせん彼女は恋愛ごとに弱い。絶世の美貌のおかげで男には困らなかったが、裏を返せばなぜ他者を魅了できるのか、分かっていない有様だ。つまり、彼女に恋愛のアドバイスを聞いても、無駄である。いくら傾国でも平凡な者同士の駆け引きは向いていない。元より今の彼女はそのような事柄に、興味はないのだった。


 ***


 次の日、決意を新たにギルドへ出発する。

 全てはここからだ。


 嫌味な態度は取らない。

 当たり障りのない言葉を使う。

 相手の言動が癪に障ったとしても黙っていること。

 彼がいいことをしたのなら、褒めるべき。


 何度も自分に言い聞かせた。


 そして二人はギルドで出会う。立ち話の最中に話題を切り替え、ダンジョンに誘った。彼ならきっと応えてくれるはずと信じながら、ドキドキと待つ。


「ダンジョンか」


 ところがフランは難色を示した。

 理由が分からず動揺する。

 まずいことでも言ったのだろうか。それともこちらから協力を仰ぐなんて虫が良すぎたのか。


「別にお金に困ってるわけじゃないから。あんたの力を借りるほど、やわでもないし!」


 狼狽しながら主張。先ほどの話題をなかったことにする。


「こちらこと。ためらったのは個人的な事情だ。あなたとは関係がない」


 やんわりと彼は告げる。

 露骨にフォローをするような言い方だったが、嫌がっていたのは確かだ。

 なにがいけないのよ。ハッキリと言えばいいのに。心の中でつぶやいた。


「護衛が欲しいのなら言ってほしいな」

「別にあんたと組みたいなんて、言ってないわよ!」


 ムカムカとしてきて乱暴な口調で、突っぱねる。


「ならば仕方がない。今回は私も避ける。代わりに受け取ってもらえるかな」


 彼はカバンから紙袋を取り出し、差し出した。


「なにこれ?」


 受け取る。軽い。


「クッキーだな」

「そんな、ホワイトデーみたいな!?」


 連想した言葉を勢いで口に出すと、やや引き気味に彼が言う。


「そんなことではないな。差し入れだ」


 つまり彼は彼女を恋愛の対象と、とらえてはいなかった。さらりとした残酷な事実。やはりという感覚。所詮は誰からも思われない女だ。端から期待はしていない。突き刺さるものはあれど、ショックは受けなかった。


「いいわよ、別に。ありがとう。感謝しています!」


 やけになって言葉を吐くと、勢いよく背を向け、走り去る。少女は離れ、その姿は遠ざかっていった。

 マリアは路地裏までやってきて、影が落ちた地面の上で、立ち止まる。紙袋を胸に抱き、彼を思うように抱きしめ、溜息をついた。

 今回もうまくいかなかったと。

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