亡霊騒ぎ

 敵は倒し終わったが家主は戻ってこない。

 帰ってくるのを待っている間に日が暮れて、夜になった。


 それから――





「ふざけんなよあのカス野郎」


 真っ暗な道を歩きながらブツブツと不満をこぼす。

 先ほど、依頼主に報酬をせがんだが、断られた。


「頼んだだけだよ。依頼をしたわけじゃないさ。ギルドメンバーでもない君に、金を渡す気はないね」


 男は薄笑いを浮かべ、青年を見下した。

 彼の舐め腐った態度に苛立ちが膨れ上がる。

 すぐさま突っかかりたくはあったが、ぐっとこらえた。

 街の住民にとってルイは単なる使用人。

 おのれの立場の弱さを理解しているがゆえに、彼は退いた。


 それでもイライラは収まらない。

 こんなことだったら待たなければよかった。

 第一、暗い場所は苦手なのだ。アンデッドが出そうで。


 後悔が頭をよぎったとき低い女の声が、背にかかる。


「あなた、ねえあなた……」

「うおっ!?」


 亡霊を連想するおどろおどろしい声。

 反射的に叫び、肩がビクッと跳ねた。


 青ざめながら振り返ると、立っていたのは人間の女。

 関わったことはないが見覚えはある。

 名はメリンダ。

 職は墓守だっただろうか。

 片目が隠れていることも相まって陰気だが、紛れもなく人間だ。

「なんだ」とほっと胸を撫で下ろす。


「あなた、生贄になってくれる?」

「は? 嫌ですけど」


 淀んだ瞳で見上げる女。

 ルイは間髪入れずに拒んだ。

 途端に彼女は目をカッと見開き、四白眼で彼を睨む。


「あんたが死ななきゃ誰が死ぬのよ? それともなに? 町を見捨てる気?」


 風もなく分厚い髪がブワッと舞い上がり、生き物のように蠢き出す。

 右に分けた髪だけは接着剤で貼り付けたかのように、動かない。


「いきなりなにを言い出すんですか?」

「ねえ、分からない? このままじゃ町は呪いに包まれるの。みんなバタバタと死んじゃって、この地には誰も寄り付かなくなるのよ」

「落ちついてください。なにがあったんですか?」


 困惑しつつも話を聞く。


「出たのよ……」

「なにが?」


 押し殺したような声で答えるメリンダ。

 青年はいまだにぽかんとしている。


「亡霊が」


 亡霊。

 彼女の放った叫びが脳内で反響する。

 たちまち背筋をぞっとしたものが走り、またたく間に青ざめた。


「無理無理無理! 人選、間違えてますって!」


 徹底的に拒絶する。

 退魔師ならばともかくただの反逆者では役に立てない。

 さっさと逃げよう。

 走るポーズを取り、中央へと体を向けようとした矢先に、雰囲気が変わった。

 元より暗い背景にさらに黒い雲が広がり、凍てつく風が吹き抜ける。

 禍々しい気配。

 迫る影。


「おい後ろ」


 顔を強張らせながら震える指で、彼女の裏を指す。


「なに?」


 振り返って確認。

 淀んだ目に飛び込んだのは白くてゆらゆらとした、謎の物体。


 確認するなり彼女は唇開けたまま、固まる。

 言葉すら出ず石像と化し、かと思うとすとんと尻もちをついた。

 その様は詰んだレンガが崩れるかのようだった。


 ルイも体がカチンコチンになっていて、動けない。


 亡霊がこちらに迫る。

 完全に狙いをこちらに定めている。

 目をつけられた以上は逃げられない。

 やるしかないか。

 覚悟を決めて青年は前に出る。


 やけくそ気味にネックレスに触れた。

 白くて半透明な光がほとばしる。

 不意打ちの眩しさ。

 メリンダはビクッとしつつ、腕で目を押さえる。

 ほどなくして光は収まり、ルイの手にはダガーが握られていた。


 彼女はぱっと目を見開く。


「嘘でしょう。戦う気? 無茶だわ。だって霊体よ。敵うわけないじゃない」


 尻もちをついたまま、手を伸ばす。

 ルイは振り返らない。

 他人に助けを求めておきながらなんたる言い草かと、ツッコミたくはなるものの、今は敵に集中。

 さらに足を一歩踏み出して、今なお無言を貫く不気味な存在へ向かって、啖呵を切る。


「脅かしてんじゃねぇよ! お前なんざ怖くねぇんだよ」


 ただし亡霊に人間の声が届くわけもなく。

 相手は本能のままに動くのみ。

 正体は魂もしくは感情の残滓だと呼ばれているが、そこに本人の自我はない。

 亡霊はゆらりと白い炎を燃やしながら、漂い、迫る。


 そこへ刃を振り下ろし、突き刺した。


 漆黒が閃く。

 視界を覆う夜よりも濃い闇。

 視界がゼロに塗りつぶされる中で絶叫が轟く。

 低く高く醜い声はじょじょに薄れて、闇を撒き散らしながら、姿を消した。


 ほどなくして空に張り詰めた雲が引き、地上には月の光が差し込む。

 町には静寂と清浄さが戻った。

 ルイは何事もなかったかのように腕を下ろす。

 ダガーはネックレスへと即変換、首に下げた。


 彼は何事もなかったかのように振り返る。

 女は目を丸くして硬直していた。

 信じられない光景を目の当たりにしたような顔。

 ただの刃で亡霊を倒すなど、ありえない。


 もっともルイにとっては普通のこと。


 今はネックレスと化している武器の正体は、ダガーの形をした魔剣だ。

 普段は色々な道具に姿を変えているが、魔力を込めると変化が溶ける。

 刃の材料は冥府にある鉱石と同じものを使っている。

 それによって闇の力が増幅させるのだ。


 確かにゴーストに物理攻撃は効かないが、魔力を持った攻撃であれば、話は別。


「まあ一丁上がり。楽勝でしたよ」


 内心はドキドキとしていたが、結果的には瞬殺だ。

 彼がさも、余裕であるかのように振る舞う中、メリンダはそっと詰め寄る。


「あなた、すごいわ。感激しちゃった……」

「別に。これくらいは当たり前ですよ」


 ルイが謙遜すると女は畳み掛けるように続ける。


「いいえ。冒険者みたいな活躍だったわ。あの人が雇っただけはあるのね……」


 頬の位置を高くして語る女。

 彼女の言葉を聞き取って、ルイの顔から色が抜ける。


 冒険者みたいとは。


 所詮はその程度。

 自分は使用人としか思われていなかったのか。


 なおも一方的に熱く語りかけてくる女であったが、話は耳に入ってこない。


 普段は褒められるとウキウキとし調子に乗るところ。

 今回に限っては違う。

 嬉しいはずなのに素直に喜べない。

 複雑な気持ちが雲のように心に広がっていった。

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