服屋

 言いたいことを言いたいだけ言い切ると、女は走り去った。


 彼女を見送って、彼も帰路につく。

 豪邸に着いた。

 合鍵で扉を開ける。

 中に入ると家主の女が腕を組んで、両足を広げて立っていた。


 彼女が放つは氷のような怒り。

 眉をしかめ、冷たい目をしている。


「遅い。どこでなにをやってたのよ?」

「それは、その……」


 しどろもどろになる。

 浮気を糾弾された駄目男のように気弱。

 ただ仕事をしてきただけでやましいことなど、ないというのに。


 一方で女――ヒルダ・マギーは組んでいた腕をすっと解いて、下ろす。


「いいわ。これから思う存分、懲らしめてやればいいだけなんだから」

「ええ……? マジで?」

「マジよ。絶対に逃さない」


 気の抜けた声を出すと、彼女は目線のみで彼を見下ろす。


 ルイはたちまち、動けなくなった。

 まるで金縛りを受けたかのよう。

 抵抗の言葉すら吐けない。


「あたし、服を買いたいのよ。思いっきり高いものをね。あんたにも付き合ってもらうわよ」


 高圧的に言い放つ。

 勝ち誇ったような顔。

 さながら勝利宣言。

 目の前の男が自分に逆らえないと分かっているかのようだった。


 実際にルイは従者でいる以上、家主に従わざるを得ない。

 結果、ヒルダを言い含められず、お仕置きを受ける羽目になった。



 次の日、二人はフローラと呼ばれる町にやってくる。

 そこは花の都。

 花壇が多く芳しい香りが広がっている。

 貴族が多く住み、高級品を扱う店が多く並んでいることが特徴だ。

 宝石ショップは充実し、服屋にはおしゃれな商品が売っている。


 対してサガプールにはろくなものが売っていないため、わざわざ外の地区へ赴く必要があった。

 もっとも距離は近いため、実質は隣町に行くようなものなのだが。

 とにもかくにも入店し、商品を選ぶ。


「これとかどうですか?」


 ピンクのワンピースを差し出すと、ヒルダは不快げな顔をした。


「なによそのピラピラしたの。安っぽいし! ふざけてるの?」


 彼女は袖やネックラインについたフリルを指して、怒っている。


「それともあんたはこの程度がお似合いだとでも言うの?」

「や、違いますよ」


 今にも殴り掛かりそうな勢いであったため、慌てて否定。


「あれはどうですか?」


 次に彼が指したのはロング丈のドレス。

 光沢のある生地は深みのあるカラーに染まり、高級感にあふれている。

 高貴な彼女にピッタリだと踏んだのだが、令嬢の機嫌は直らない。


「その指折るわよ」


 本気のトーンで言う。思わず背筋がぞっとした。


「あんた、それでもあたしの使用人? 付き合いだけは長いのに」


 目を細め、呆れたように口にする。


「でも、教えてくれなかったですし」

「言わなくったって理解はできるでしょ?」


 言い訳を繰り出すと、ヒルダが食いついてきた。

 実に面倒な態度だと心の中でつぶやく。

 ルイは辟易していた。





「自分で選べばいいのに」


 そこへ第三者の冷静な声。

 振り返るとオリーブグリーンの髪を高い位置で縛り、パンツルックに身を包んだ女が、壁を背にして立っていた。

 彼女は服屋の店員。いままで空気であったがついに口を挟んできた。


「分かってないのね。あたしはこいつのセンスを試しているのよ」


 胸を張ってヒルダが主張。

 彼女の得意げな態度を見て、店員の視線が冷たくなった。

 続いて彼のほうを向いて。


「大変そうね」

「そうでもないですよ」


 同情的な視線を払いのけるように、さらりと否定する。

 彼にとっては従うほうが楽で引っ張ってもらえるのは、ありがたかった。

 しかしながら店員は彼の心の内を知らない。


「へー、彼女の相手ができるなんて凄いのね。私も同郷だったけど、すごくきつかったわ。それなのに……よほどの器の持ち主とみたわ」


 彼女の言葉には実感がこもっていた。

 令嬢の相手は大変だと。

 両者の気持ちが一致したような気がして、半笑いになる。


 一方で店員も口ほど令嬢を悪く思ってはいなかったらしい。

 彼女の内面に問題があることは分かっている。

 分かっているからこそ心配だ。高飛車なままではいずれ孤立する。

 それでも彼と一緒にいれば大丈夫だ。

 そうと認識した上で店員はルイに向かって語りかける。


「ありがとうね。彼女と一緒にいてくれて」

「い、いや」


 感謝されるとは思わず、どぎまぎする。


「本当、なんでもないんで」


 なにもない方を向きつつ、頬を指先でかく。

 その様子に店員はクスッと笑い、令嬢は不機嫌そうに眉をしかめた。

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