火山


 清掃中、ルイは箒を動かす手を止めて、時計を見上げた。午後三時。

 家主の帰りが遅い。彼女は使用人の彼よりも強く、普段はダンジョンをスパッと攻略して、すぐに帰ってくる。

 なにかあったのだろうか。気になる。

 掃除用具を放り投げると、ルイは屋敷を出た。


 街で情報収集を始める。さっそく日影でたむろしている三人の男たちを発見。彼らは皆、赤髪で尖った髪型をしていた。顔立ちも険しく、不良じみている。親近感が湧いたため即、声をかけた。


「こんにちは。ヒルダ・マギーに仕える者なんですが。彼女が家に帰ってきてません。心当たりはありますか?」


 彼女の名を出すと一人の男が顔色を変えた。


「ヘックス火山だ。マジかよ。あいつ、行きやがったんだ!」


 ヘックス火山といえば、難易度が高いことで有名なダンジョンである。

 なにに驚いたのか分からないが、くわしい事情を知っていることは確か。さっそく聞き出してみる。


「なんでそんなところに行ってるんですかね」

「それがよぉ」

「よせ。言うんじゃない!」


 隣に構える男が止める。

 三人はやましいところがあるのか、気まずそうな顔をしていた。


「許してくれよ、俺たちが悪いんじゃないんだ。確かに挑発はしたさ。『そんなに強さに自信があるなら、ヘックス火山に挑んだらどうだ』ってな。だがよぉ、本当に行く奴がいるか? 悪いのはあの女だぜ」

「なに全部言ってんだ!」


 グチグチとつぶやく男。

 隣で嘆くようなツッコミが飛ぶも、おかげでだいたいの話は読めた。


「えーと、その、ありがとうございました」


 雑にお礼を言うとルイはその場を離れ、歩き出す。

 ヒルダ・マギーの居場所はヘックス火山。問題は行くか否かだ。白状すると逃げたい。

 渋っている間にもヒルダの身は危険に晒される。覚悟を決めるしかない。なけなしの勇気を振り絞って足を進めた。火山へと。


 山の麓からダンジョンに突入。登山を始める。


 現在の彼は誰にも見られない状態だ。体を霧で覆いその霧が空気に溶ける。透明化の術の影響だ。

 もっとも、本人の視点では自身の手足は、しっかりと映る。術は本当に発動しているのか、実は気づかれているのではないか。びくびくとしながらダンジョンを移動する。そんな臆病な自分に嫌悪感が湧いた。


 さらに奥へ進むと開けた空間に出る。ゴツゴツとしたフィールドで蒸し暑い。

 その中央には少女が見える。囲まれながら戦っているようだ。

 敵は厚い毛皮で身を包んだ獣たち。体にはマグマのようなラインが入っている。強そうではないが数が多い。華奢な少女では太刀打ちできないだろう。

 とはいえ、少女らしい見た目をしている時点で、家主の特徴からは外れる。


 安心して傍観しようとした矢先、目の前で水しぶきが発生。一列に並んだ獣たちが薙ぎ払われた。すかさず別の個体が飛びかかってくるも、少女はトライデントで一突きにする。

 思いもよらぬ大立ち回り。次から次へと魔物が倒れて、消えていく。寄せては返す波のよう。鮮やかな手並み。さながら舞台の役者のようで見入ってしまった。

 かくしてあっという間に敵を一掃。トライデントを下ろした彼女の姿は楽勝だと言わんばかりに、涼しげだった。


 しかしながら詰めが甘い。岩陰には一体の岩蜥蜴が隠れていた。それはいきなり飛び出すと、ゴツゴツとした尻尾を振り上げながら、大きく口を開ける。

 不意打ちにいち早く気づいたのは、ルイだった。彼はとっさに透明化を解除し、呼びかける。


「おい、後ろ!」


 少女は彼の声に反応。

 振り向かず腕だけを動かして、魔物を一刺し。

 岩蜥蜴はコロンと転がると霧と化し、下から溶けていった。

 消失を確認。


 少女は武器を下ろして青年のほうを振り返った。

 彼女は明確な敵意を持って、立っている。つり目がちの黒目を尖らせ、ウェーブのかかった髪は炎のようになびいていた。

 白いワンピースを着た相手の名前を、ルイは知っている。


「ゲッ……」


 マリエッタ・ローレライ。

 互いにとっての因縁の相手。敵同士だ。

 戦うか迷ったが、ここはダンジョン。生き残るだけなら簡単だが、脱出できるかは怪しい。ルイは自身のレベルと合っていない場所にいる。最奥まで進んでもボスには勝てず、出口は開かない。ここは強い相手と協力する必要がある。


「休戦だ」

「なによ」


 怪訝な目で彼を見上げる。


「今は戦わない。それだけだ」


 マリアは少し渋るも、やがて肩を落とし、深く息を吐いた。


「そうね、そっちのほうが得だもの」


 組んだほうがメリットがあるという判断である。彼女もおのれの実力に自信がなかったのだ。



 共闘をするとマリアの強さを実感する。目くらましや透明化でサポートをするだけで、敵が勝手に蹴散らされていった。今回のような安心感のあるダンジョン攻略は初めてである。そもそもダンジョンに突入した経験自体、少ないのだが。


「これで分かったんじゃない? あたしだって十分に戦えるんだって」


 誇らしげな顔。

 一瞬の沈黙。

 ルイは無の表情で固まる。


「今まで散々バカにしておいて、あたしのほうが活躍してるじゃない。恥ずかしくないの?」


 彼女がなにのついて話しているのか分からない。

 思い出そうと首をかしげて、「あ……」と思い出す。

 以前は大罪について吐かせるために接触するたび、マリアを煽っていたのだった。


「まさかこの期に及んで、忘れたとか言うんじゃないでしょうね? それとも手のひら返し?」


 ふくれっ面で文句を連ねる。

 立腹のようだがルイは意にも介さない。

 口では貶したが本当は彼女の強さは最初から理解していた。その上で疑問に思う。なぜ実力を隠すのかと。


「どういうことだ?」


 静かに低い声で尋ねる。

 警戒するような目付き。


「は? えぇ……?」

「なんで今ごろになって、力を発揮しているんだ」

「なんでって」


 マリアは口をもごもごと動かし、気まずげに目をそらす。

 かと思うと急に正面を向いて大きく口を開いた。


「どうしてそうなるのよ?」


 声を荒げて問い返す。

 ぐいぐいと距離を詰めて、ギロリと彼を見上げた。


「あたしだって頑張ったのよ。その結果が今なの! こっちの努力も知らないで勝手な解釈ばかり並べないで!」

「解釈もなにも事実を述べたまでじゃないか」


 話が噛み合っていない。互いに頑なだ。視線を合わせて冷たい火花を散らしている。


「俺は知ってるんだぞ、お前の正体。だからボロを出させようとしてたんだ」

「知ってたわよ! あんたもフランと一緒なんでしょ? でも、あたしは意地でも認めたくなかった! それだけの話じゃない!」


 さらりと伝えるとマリアが噛み付く。

 勢いにまかせて自分が大罪の一員だと白状したことに、彼女は気づかない。


「初めは呪術しか使えなかったわ。水の属性なんて持ってなかったし。ダンジョンに潜ってもやられるがままだったわ。でも、今は違う」


 マリアはトライデントを握りしめる。ギシリと骨が軋むような音が鳴った。


「なんなら今、勝負してあげようか?」


 眉間にシワを寄せて目を三角にする。

 恐ろしい顔だ。今にも牙をむいて食って掛かりそうな勢い。

 少女らしからぬ迫力に、たじたじになる。


「その……すまなかった」


 繰り出すつもりのなかった言葉を吐き出す。

 途端にマリアは口を閉じた。予想外だと言いたげな表情をしている。

 だが、これがルイなのだ。彼は見た目よりもおとなしいし臆病な性格をしている。それゆえに強者には逆らえない。


「ふーん」


 口笛を吹くように息を吐く。


「あんたってそういう奴だったのね」


 悪巧みの笑み。

 完全に舐められている。


「強いことを言う奴が本物の強者ってわけじゃないのよね。あたしに付き纏ってたのも、上の命令でしょう。あんたは下っ端。こき使われてただけだったのね」

「ああ、そんなところだ」


 マリアが半笑いで繰り出した考察を、難しい顔をして肯定する。

 グラジオラスではリーダーの指示に従っては遂行。煽ててはツッコミを入れられて、また煽ててを繰り返している。確かに組織での地位は低い。それでも彼は性に合っていると感じ、気に入っていた。


「まあいいわ」


 なぜだか気を良くしたマリア。


「仲良くやりましょう。少なくともこのダンジョンでは」


 皮肉げに笑いかけると足を動かし、一歩を踏み出す。

 彼女の後をルイもついていった。



 さらに奥にやってくる。

 ゴツゴツとした足場。巨大な岩があちらこちらに転がっている。その陰に一人の女がしゃがみ込み、様子を伺っていた。ショートカットに男性的な格好。裏からは見えづらいが赤いサングラスをかけている。

 そこへ迫るは火蜥蜴サラマンダー。燃える肉体を見せつけながら、大きな口を開き、炎を吐く。地面が熱せられ、赤く溶ける。汗が出るほどの暑苦しさの中、ルイは「げ……」と顔を歪める。

 敵は強そうだ。戦いたくはない。彼が棒立ちになる中、マリアはすぐさま動く。


「水よ飲み込め」


 トライデントを振り回し、掲げる。


「我が身に従い熱を蹂躙し、殲滅せよ」


 三つに分かれた先端を、標的へ向けた。

 直後に水の渦が発生。青い魔力は津波のようにフィールドを飲み込んだ。熱せられた地面はまたたく間に冷め、蒸気が発生。むわっとしたスチームを目眩ましにし、火蜥蜴サラマンダーは退散する。戦闘は始まる前に終わった。


 ひとまずは安心だ。ほっと一息吐こうとしたとき男装の女が立ち上がり、カツコツと足音を立てながら、寄ってくる。


「いい気にならないでよ。本当に強いのはあたしなの! 借りを作って上回った気でいたら、大間違いよ!」


 激しい剣幕で手前の少女を指差す。


「別にいいわよ。あたしは目の前の敵を倒しただけ。あんたのことなんて眼中になかったわ」

「なによ、マジになっちゃって」


 マリアが口をへの字に曲げると、相手も片眉をひそめた表情で、冷やかす。


「そういうところが気にしている証でもあるのよ。ええ、惨めよね? いままで邪険に扱われて。あんたなんて所詮はそんなものでしょ? 誰にも褒められないし、認められもしない」


 ルイは口を挟まず、手を出さない。代わりに苦々しい顔で息を吐く。

 やると思った。

 同じ女に助けられたのがよほど屈辱的だったのだろう。男装の令嬢――ヒルダ・マギーはサガプールでは珍しい女の冒険者だ。ダンジョンにも果敢に挑む勇敢さを持ち、それゆえに同性を見下している。


「いっそ、地べたを這いつくばってなさい。あたしのところまで上がってくるなんて、許さないんだから」


 一息に言い切ると、プイと顔をそらした。

 その表情には優越感がにじんでいる。

 勝ち誇ったと思い込んでいるようだがルイからして見れば、恥さらしでしかない。彼女がみっともない真似をすると、従者の株も下がる。こちらはまだなにもしていないのに。一緒にされたくないし、知り合いに見られたくないまである。もっとも、マリアには互いの関係は露呈しているのだが。

 ルイがピクピクと眉を動かしていると、不意に女がこちらを向く。赤いサングラス越しに目が合う。

 彼の存在に気づくや否や、ヒルダ・マギーは表情を変えた。ぱあっと明るくなったかと思うと、顔をくしゃっと歪めて、ルイに飛びつく。


「もう、遅いのよ! なにをやってたわけぇ!? 怖かったんだから」


 恥も外聞も捨てて、泣きつく。


「俺だって怖かったんですけど」


 ルイが笑ってかわす中、マリアは目を丸くして、立ち尽くす。

 令嬢に仕える身としては彼女には慣れているし、受け入れている。その当たり前のように流れる状況に、少女は一人、置いてけぼりを食らっていた。


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