退魔師を頼れ

「え、マジで……?」


 心が波立つ。

 これは、どちらが嘘をついているのだろうか。

 ぱっと見た印象では、互いに真実を話しているように映る。

 情報が錯綜しているのだろうか。


 事実として予言は覆らず、確実に世界は滅ぶ。


 クリスはたいていのことはあっさりと受け入れ、見て見ぬ振りをするつもりだ。

 しかし、さすがに世界規模の事件となると、話は違う。

 滅びること自体はどうでもいいが、罪の片棒を担ぎたくはない。


 同時に悟る。

 なぜエミリーが憤ったのか。

 彼女の視点からすると、大罪は絶対的な悪である。

 世界を滅ぼす一員が、『自分とその周り以外はどうでもいい』とのたまった。

 言い換えると『自分以外は滅びてもいい』となる。

 これでは言い訳のしようがない。


「退魔師を頼るといい。今の君は悪魔憑きだからね」

「ああ分かった。やめてやるよ!」


 投げやりに主張する。

 途端に火の鳥が顔色を変えた。


『汝は妾を切り捨てるのか?』

「君には従わない。最初からそのつもりだった」


 無情に告げると焔色の女はむくれ上がる。


『フン。分かっておったわ。妾を大切に思うものなど、存在せぬとな』


 全てを受け入れるように、彼女は語る。


「本当にいいのかい? 彼女を殺しても」


 真面目な顔をして女性は口にする。

 一瞬、彼女がなにを言っているのか分からなかった。


 彼女を、殺す?


 聞き間違いではないか。

 何度も反芻はんすうする。

 だが、確かに女性は言った。

 火の鳥を殺すと。


「待ってくれ。どうしてそうなる?」


 動揺を表に出す。

 確かに火の鳥を裏切ることにはなる。

 しかし、彼女を殺したいわけではない。

 彼の心はぐちゃぐちゃにかき回され、なにが正しいのか、分からなくなっていた。


『この女の言葉は正しい。妾は死ぬ。そうなっておるのじゃ』


 静かに火の鳥は言葉をつむぐ。


「退魔師とは悪魔を滅する者たちだ。そんな者にフェニクスを預ければどうなるのか、想像はつくだろう?」


 分かりきった問題を解決するように、女性は語った。

 次第にクリスも目をそらしてきた事柄と、向き合わざるを得なくなる。 


 気温が下がり、寒々とした風が体を抜き抜けた。

 頭上には暗雲が漂う。

 嫌な予感が加速していった。


『妾としては業腹じゃ。よりにもよって火の鳥たる妾が。他の悪魔どもには残基があるというのに」

「あ、そうか。一度倒しても復活するんだっけ? でも、君は消えるんだろ?」


 一瞬の希望。

 それはすぐに打ち砕かれる。


『妾の残基は一つ。当然じゃ。同じ肉体で何度でも生をやり直した。他の器を持たぬからな』

「他の悪魔が君のようにシンプルであれば、楽だったろうに」


 女性は皮肉げに話す。


『退魔師が滅したところで、やつらにとっては残基を消費しただけじゃ。また新たな自分へバトンタッチするのみ。

 羨ましくはないがな。魂が同一といえども、別人であることに変わりはない』


 不満げに火の鳥がこぼす。


『分かる者には分かっていよう? 悪魔の魂は形を持たぬ。転生による無限の可能性を持つがゆえに、混沌としておるのじゃ。器に宿ってようやく姿を現す。だが、妾は最初から火の鳥のままだった。それは、おのれの身が一つだからじゃ』


 話はよく頭に入ってこない。

 脳が麻痺している。

 それでも分かった。これは詰んでいると。


「君は君でしかない。残基を持たないから、ほかの形を持たないってことか」

『炎からでなければ復活できぬしな。魔力を使い切れば、終了じゃ』


 もしも仮に彼女が火の鳥でなかったとして。

 新しく復活したところで、次に現れるのは別の姿。

 元の彼女ではない。


 なんだよそれ。


 思わず口に出したくなる。

 彼の唇には苦々しい笑いがにじみ出た。


「ハ。今さら別れたところで、なんとも思わないよ」

『そうじゃな。汝はそう告げるだろう』


 さらりと彼女は口に出す。


 本当に、その通りだ。

 実際のところ、青年は利用されているだけである。

 このままいけば『世界滅亡に加担した』という罪状を獲得。その片棒をつかまされるところだった。


 危ない危ない。

 ほっと胸をなでおろす。

 だが、彼の気持ちはすっきりとしない。


 それは、どうしてなのか。

 彼には分からない。


 ただ一つ――気に食わないと、曖昧ながらも感じ取る。

 なぜ、よい方向へ話を転がすために、他人を犠牲にしなければならないのだろうか。


 クリスは思う。

 できるのなら幸福な終わりがいい。

 誰もが笑っていられたら、それでいいと。


 だから、『違う』と感じる。

 自分の目的のために火の鳥を切り捨てるのは。


「やっぱ、やめだ」


 きっぱりと言葉に出す。


「僕、君とは離れたくない」


 それがクリストファー・ガスリーという名の青年だった。


 途端に火の鳥は表情を固める。

 すぐにそれは不遜な顔つきへと変わった。

 挑発するかのように、彼女は言葉をかける。


『妾は悪魔じゃ。汝、世界を敵に回すところであったぞ』

「いいや。全部水に流そう」


 クリスはきっぱりと言い切った。


「それに君は人の姿を取っているからな。もう人間でいいんじゃないか?」

『いい加減じゃな』

「だろ? 僕もそう思う。なにが正義でなにが悪かとか、なにも考えてないし」


 彼は正義感が強い人間ではない。

 自分がなにをされても、赦してしまう。

 相手が悪であったとしても関係ない。


「それに君、僕に肉体の主導権を預けてるだろ?」


 確信に踏み入る。

 女は黙り込んだ。

 図星だったらしい。


「悪魔と契約を結んだ者は、人格を乗っ取られるよ。たいていはね」

「だろ?」


 元使用人からの正確な回答も得て、自信満々で火の鳥と向き合う青年。


 おおよそ、フェニクスは甘いのだろう。

 ゆえにこそ彼女は体の主導権を青年に譲った。彼を自由にさせている。

 肉体を乗っ取ることは容易であっただろうに、それをしなかった。

 火の鳥が温情をかけるのなら、こちらも応えねばならない。

 そう、これは彼女に対するお返しだった。


『しかし、妾は悪魔じゃ。そこだけは事実ではないか』


 この期に及んで火の鳥は強情だった。

 まるで自身が善である可能性を排除しにいっているように。


「だから言ってるだろ。僕は君を君として見てるんだ」


 正直な気持ちを伝える。

 すると彼女は表情を固めた。

 言葉を失い、その場で動きを停止させる。


「僕は君を、信じるよ」


 それが彼の解答だった。

 以降、火の鳥は口を閉じたまま動かない。

 納得したのか、反論の言葉を失ったのか。

 永い沈黙が流れた。


「さ、分かったら、さっさと行くぞ。退魔師を探しに行こう」


 女性に背を向け、歩き出す。


『なっ――!』


 絶句。

 火の鳥は表情を固める。


『汝、謀ったな!』


 即座に追いつき、彼の前に回り込む。


「なんでそうなるんだよ?」


 不思議そうな顔をして、焔色の女を見上げる。


『汝、妾を滅するつもりだろう?』

「そうじゃないよ。さっき言ったばかりじゃないか」


 あきれたように口に出す。


『ならばなぜ退魔師を求めるのじゃ?』


 眉と目をつり上げ、問いただす。


「方法を探すためだよ」

『方法だと?』

「専門家ならなにか知ってるかもしれないだろ? その可能性に賭けたって、いいじゃないか?」


 なんとかなる。

 彼は気楽に考えていた。

 最初から全てをあきらめることはなく、まず、やれるだけのことはやってみよう。

 そう考えての選択だった。


 かくして青年は出発する。

 ただ一つの可能性に賭けて。


 そんな彼らの元に、謎の影が迫りつつあった。

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