シーブルー 大罪側

 ***


 西の地区、ジュエリアム。

 少年が市場通りに現れると、いた風が吹き荒れた。

 さらさらとした水色の髪と、警戒色の縞模様が張り付いたマントがなびく。

 彼の容姿は遠目からも目立っていた。

 客や店主は小さな悲鳴を上げる。

 怯える人々を無視して、少年はとある露店の前で、立ち止まった。


「おいおい」


 丸い瞳。

 目が大きいせいで、四白眼になっている。

 その縦に割れた瞳孔がとらえたのは、一つの原石。


「なんてものを売り出してるのさ」


 虎目石の瞳が鋭い輝きを放つ。

 核心に触れたような目をしていた。

 一方の店主は少年の意図が読めない。


「なにか問題でもありましょうか?」


 不安げに彼を見上げる。


「逆さ」


 少年は簡潔に申す。


「磨けば光るぞ」

「は、はい?」


 困惑する店主をよそにコインを手渡し、原石を購入する。

 目的の品を掴むと、少年は歩き出した。

 彼が通りから姿を消すと、風が止む。

 露店の周りには静けさが戻った。



 少年は嵐のように去る。

 そんな彼を商人や客にまぎれて、眺めていた者がいた。

 ちょうど日が暮れる。

 空が陰ってきたところを見計らって、接触を求めに来た。


「俺と組め」


 少年の行く先で待ち構え、姿を見せるなり、唐突に申し出る。

 闇夜に溶けるような格好をした男だ。

 濡れた黒髪に艶のない黒服。

 黒玉の腕輪に妖しげな仮面。


「強欲か」


 相手の冠する属性を口に出す。


「いきなりなにさ?」

「渡せ」


 仮面から覗く瞳が、原石をとらえる。

 相手の狙いはそれだ。


「ああ、お前も商人だったか」


 売り払うつもりだと理解して、軽い調子で言葉を返す。

 暴食に協力をする気はなかった。

 彼は金には興味がない。

 なにより。


「オレは略奪者は嫌いなのさ」

「俺は平民には手を出さない」


 二人の間を透明な壁が隔てている。

 暴食は相手を欠片も信用していなかった。

 強欲を冠する身で「問題ない」と主張されても、説得力がない。

 彼は善人が相手でも平気で嘘をつきかねなかった。


「いいからよこせ」


 思うが早いか、当たり前のように手のひらを向け、要求を繰り出す。


「横暴じゃないか?」


 いささかあきれる。


「ま、ちょうどいい」


 おもむろに右の手首にはめた輪を外し、投げる。


「大罪になったときに貰ったやつとダブって、邪魔だったんだ。好きに処分するといいさ」


 黒服の男は装飾品を受け取る。

 二対の黒い瞳で、手に掴んだものを見た。

 青く光り輝く、透明な石。ブルーダイヤモンドだった。


 しばしの凝視。

 何度か瞬きを繰り返した後に、少年に視線を戻す。


無料ただだろう?」

「駄目だね」


 かくして二人は交渉を始めた。

 結果、強欲は諦める。

 まともにやれば、勝てた。

 しかし、下手に言い負かせば相手は逃げる。

 そうなってしまっては、利益はゼロ。

 素直に買ったほうが稼げると判断し、コインを払う。


 取り引きは成立。

 強欲は去る。

 少年も歩き出した。

 荒野を進みながら原石を口に運ぶ。

 彼はそれを菓子のようにかじり始めた。


 ***


 マリアは会議の様子を他人事のように聞き、眺めていた。


 七つの大罪は宝玉を求めている。

 今回の狙いはシーブルー。海の洞窟の奥に鎮座している。

 宝玉を隠すダンジョンであるため、難易度は高い。

 傲慢はなんとかなると踏んでいるが、強欲は警戒している。

 万が一のことを考えてペアで攻略すべきだ、と提案したのだが。


「貴様の不安も、俺様であれば問題はなかろう! 一人で十分である!」

「オレが行く。強いなら適任さ」

「テメェが行きてぇだけだろうが! 引っ込んでろ。俺に譲れ!」


 傲慢は乗り気ではなかったが、周りでは立候補の手が上がる。

 結果、ダンジョンに挑むメンバーは公平を期して、ルーレットで決めることにした。

 円卓が発光し、針が二人を定める。

 選ばれたのは嫉妬と憤怒。


 巻き込まれた。

 ガビーンとマリアは固まる。


 自分には関係ない。勝手にやってくれと思っていたのに。


 少女の嘆きもむなしく、彼女は憤怒とペアを組む羽目になった。

 ちょうど近くにいたらしく、一旦サガプールの広場で合流し、顔を突き合わせる。


 相手とは初対面。

 知り合いであってたまるか。

 なにせ相手は人相が悪い。

 眉間にシワが寄った、三白眼の男。

 深緋の髪を逆立て炎を宿した瞳で、ギロリと睨む。

 日に焼けた筋肉質な体からは、血の臭いがした。

 ファッションは辛口。ブーツまで尖っている。

 その中で、常磐色の腕輪・薔薇の指輪・柊のピアス・ルビーを散りばめたベルトが、ゴージャスにきらめいていた。


 配色だけならフランと似ている。

 けれどもマリアは魔界の王を連想させる男が、好きではなかった。



 二人は特に会話も交わさぬまま、海の洞窟にやってくる。

 内部はロイヤルブルーに輝いていた。

 壁に張り付いているのは、宝石だろうか。

 強烈な魔力を感じる。

 歩いているだけで酔いそうだ。


 ぼんやりとしていると魔物が沸いて、二人に襲いかかる。

 マリアが怯む傍ら、憤怒が瞬殺。

 優れた筋肉を持った魚たちは、ぽんっと消えた。


「なぁにが『難易度が高い』だよ。俺らのこと舐めてんだろ! 愚弄しやがって、あのカラス野郎! いや、俺が強すぎるだけか」


 勝手に怒り、自己完結。

 しゅんと鎮まったかと思いきや、彼の矛先は少女に向く。


「問題はテメェだよ!」


 尖った鉤爪を向け、憤りを見せる。

 マリアはびくっと、肩を震わせた。


「なんのためにここにいるんだ? 戦えや!」


 後半の言葉を強調するように、声を荒げる。

 少女は身をすくめ、涙目になりながらも、反論した。


「通常でも難しいのに、宝玉を隠してる場所よ。あたしが活躍できるわけないじゃない」

「なら、足手まといだな。さっさと出ていけ!」

「無茶言わないでよ。出口は閉まってるのよ」

「知らねぇなぁ! 入口がないなら壊せや。そんなことも分からねぇのか」


 無茶苦茶だ。

 マリアは顔を引きつらせ、唖然とする。


「言い訳でもあんのか? その前に『弱くてごめんなさい』はどうしたぁ!? 『強者に寄生するバカですみません』とか、言ったらどうだ。なあ!?」


 ドスのきいた声にひるむ。

 本物のドラゴンに睨まれた気分だ。

 泣きたい気持ちを抑えるように、息を呑む。


「はあああっ! 付き合ってらんねぇ!」


 ラピスラズリの天井を仰ぎながら、憤怒は勝手に奥に進む。

 彼の足は速い。目を離したときには、見失っていた。


「え、待って」


 困惑の声。

 ぼうぜんと手を伸ばす。

 直後にバッシャーンと、豪快な音。

 飛び散る水滴。


 振り返って。


「きゃああああ!」


 全身を刃のような鱗で覆った魚が飛びかかる。

 瞬間、思考は無に帰した。

 なにも考えずに走り出す。

 どうやらリミッターが外れたらしい。疾風のような凄まじい速度が出た。


 無事に逃げ切った後も死にものぐるいで駆け抜け、最奥まで足を踏み入れる。

 神秘的な空間だった。

 視界を透明な青が覆っている。

 夜空の下にいる、もしくは海の底にいるかのようだ。


 周囲を見回して、ふと気付く。

 憤怒が着ていない。

 しまった、早すぎた。

 彼がいない内にボスと遭遇すれば、素人は一瞬で散る。

 ぞっとし、顔面蒼白。だらだらと汗をかく。


 死を覚悟し身構えた。

 ところがボスは一向に現れない。


「あれ?」


 体から力を抜く。


「どうして?」


 目を丸くしながら、槍を下ろす。

 頭は湯冷めしたかのように、冷えていった。

 最奥には不気味な静けさが、海のように広がっている。


 冷静になると、現状には違和感があった。


 第一に彼女は無傷である。

 敵と遭遇すらしなかった。

 何者かが一掃したのだろう。

 つまり、先人がいた。


「まさか……!」


 嫌な予感に突き動かされるように、祭壇まで駆ける。

 壇は空っぽだった。

 そこにあるはずのものがない。


 壁を見ると、出口が空いていた。

 四角に切り取られた空間は、深い青で満ちている。

 遅かった。

 絶望的な、やってしまったという感覚。

 冷や汗が体を濡らす。


「おいおいおいおい、こいつはどういう有様だぁ!?」


 低く、責めるような声が迫る。


 ぎょっとすくみ上がり、悪寒が走った。

 表情が強張り、体はガチガチ。

 壊れた機械のように振り返る。


 薄暗い空間で、ギラリと双眸が光っていた。

 つり上がった眉と、濁った赤色の瞳。

 今にも噴火しそうな、茹で上がった顔。


「違うの。あたしは」


 汗を散らせながら、事情を話す。

 決して自分のせいではないこと。

 敵のほうが早かっただけであることを。

 懇切丁寧に主張した。



「奪われただぁ?」


 洞窟に絶叫が響き渡る。


「この俺がいながら宝玉を奪われるとは、どういうことだ。ああ!?」


 ガンを飛ばす。

 強面も相まって迫力があった。


「あたしは頑張ったの。どうにもならなかっただけなのよ」

「言い訳はいいぜ。テメェだけの問題じゃねぇんだよ。このまま会議に出席してみろ。俺まで戦犯扱いだぜぃ。分かるか? なあ!?」

「ごめんなさい。ごめんなさい」


 畳み掛けるような罵倒。

 マリアは謝り続けた。

 なお、形だけである。 

 意地でも非を認める気はなかった。


「お詫びの品よ」


 土産物でごまかす。

 塩の入った小瓶だった。


 強欲は不機嫌ながらも受け取ると、口を閉ざし、出口へ向かう。

 赤い男は深い青の中へ吸い込まれていった。

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