服選び
存外、その日は早くに訪れた。
次の日の朝、二人は待ち合わせ場所で合流して、ショッピングに赴く。
きっかけは「服を持っていない」と女が言い出したことだ。
「普通は何着かストックしてるんじゃない?」
「私財が見つからないんだもん。仕方ないっしょ」
「あー、家も分からないんだ……。どうしようもないわね」
相手も苦労をしているのだと思うと、同情の気持ちが湧く。
このようなときにフランはなにをしているのやら。頼めば助けてくれるだろうか。
曖昧な希望を抱きながら市街地を歩く。ほどなくして服屋に着いた。それは武器屋の並ぶ通りから離れた位置に建っており、外壁はパステルカラーで可愛らしい。
商品は無地の衣が目立つ。どれも安っぽい。農民が着るようなものである。
その中で女はチュニックを手に、満足げに立っていた。
「えっと、いいの? そんなんで」
「うん。いいっしょ、どれも素敵」
本気で気に入っている様子。
しかし、本当にいいのだろうか。彼女にはもっと似合うものがある。例えばシルクを使った白練のドレスなど。
「どれを選んでも同じっしょ。着こなしてしまえばいいんだから」
自信を持って言い切る。
なるほどと納得。言い得て妙だと感じたのだ。
実際に女はシンプルな格好が似合う。彼女にかかれば単なる布でも御使いの衣へ変貌。たとえ安物であろうと高く見せ、偽物であろうと本物にする。それが彼女の本質だ。
「ああ、もう! あんたがいいならそれでいいわよ」
ヤケになりながらマリアも服を選び出した。
近くにあったハンガーから商品を取り出しては、色々と彼女に押し付ける。
「いいこと? これはあたしの、あたしのための買い物なの。あんたに拒否権はないわ」
試着室の扉を開け、女の背を強引に押して、中に押し込む。
相手も素直に従い、着替えを始めた。
ほどなくして彼女は外に出てくる。
「どうかな?」
女は胸を張り腰に手を当てて、直立していた。
堂々としている様子からして自信はあるらしい。
「すごく言いづらいんだけど……」
対する少女は眉を曇らせ、口を濁す。
言うべきか言わざるべきか。
判断に迷いながらも意を決して、口を開く。彼女のプライドのために。
「逆になってない?」
女は服を後ろ向きに着ていた。
指摘をすると途端に相手は固まる。
「え、嘘でしょ?」
あたふたと焦り顔を深紅に染める。
「これが表じゃなかったんだ?」
裏表以前の問題だった。
「いいっしょ。変わんないよ、表も裏も」
「いいから着替えて。みっともない」
「大丈夫だよ。ちゃんと着てるし」
明るく言い放つ。これには頭を抱えるしかない。
「じゃあ、言い換えるわよ」
にらみつけるような目で彼女を見上げ、低い声を出す。
「あたし、服の表と裏も分からない女と歩きたくないの。ほら、連れが珍妙な格好をしてたらどう思う? あたしの格まで下がっちゃうじゃない」
先ほどの指摘はあくまで、自分のため。断じて相手を気遣っていたわけではないのだ。
「なら、いっか」
女はあっさりと言うことを聞いた。
腕を服の内側にしまってから、くるりと回す。衣装はさくっと本来の形に戻り、フィットした。
強情でなかったようで、なにより。おかげでへんてこな格好のまま連れ回さずに済んだ。マリアは肩から力を抜く。
ひとまず買うものは決まった。料金を払ってから外に出る。
空は鮮やかな青に染まっており、日差しは相変わらず強い。もう少し店内にいてもよかったのにと思いながら、淡々と歩く。
その折、ふと女が話し出した。
「それにしても驚いた。まさか君が私を連れと言うなんて。ほんとなによりだね」
「な、なに言ってるの?」
思わぬ言葉に目を丸くする。
「君、言ってたじゃんか。一緒に歩くとかなんとか。私をそういう存在と見てくれたってことだよね?」
目を細め口元をほころばす。
花に似た唇からごく自然な口調で飛び出したのは、純粋な言葉。マリアを歓迎する本物の気持ち。
たちまち少女は照れて、慌てて否定しにかかる。
「バ、バカ言わないでよ。あたしはあんたの要求を聞いてあげてるだけよ。あ、そう考えると普通のことというか。友達というのは間違いじゃないんだけど。で、でも、普通の友達とは違うの。これはビジネス。ビジネスフレンド。分かる?」
「うん、分かるよ。そんなんでいいから、付き合ってほしかったんだ。一人じゃ心細くって」
なんの気なしに放った言葉に、心が波立つ。
一人では心細い。寂しい。
普段の明るさとはまた違う意外な一面を知って、しんみりすると同時に、戸惑いを隠せない。
なんと言葉を返せばよいのか。とにかくやりづらい。
ただ、本心が一致している。それだけが事実であり。
マリア自身、よく話し合える相手を欲していた。ようやく出会えた、友達と呼べる存在。彼女との縁を失いたくない。フランのときと同じように、より強く、彼女は願うのであった。
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