あの青年はいったい
「なにしに来たんですか?」
相手は険しい目付きで問いを投げる。
敵意を顕にしてはいるものの、言葉は敬語。
先ほどまでの態度からすると意外で、違和感がある。
「やあ、通りがかったのだよ」
「やあ、じゃないんですが」
にこやかに語りかける青年に、男が噛みつく。
「相変わらずなようでなによりだな、ルイ。しかし、代わり映えがしない。もっと、工夫を凝らしてはどうかな?」
小首をかしげる。
「今のままではもったいない。君は価値のある人間なのだよ。例えば嫌われることを恐れず、堂々と振る舞うところだ。好き勝手に振る舞うあなただからこそ、似た者が集まるのだよ」
堂々と意見を伝えるとルイと呼ばれた男は、白けた目をする。
「皮肉にしか聞こえませんが」
「おや、そうかい? 残念だな」
「なぁにふざけてるんですか? 殺してほしいのかよ」
一触即発。
今にも戦いが始まりそうだ。
「大変そうだなー」
クリスとエミリーは目を細めながら、傍観している。
ルイと謎の青年は知り合いなのだろうか。
両者の関係が分からない上に、どちらの正体も予想がつかない。
除け者にされた気分だし、置いてけぼりを食らっていた。
一方でエミリーは相手の正体に心当たりがあるらしい。
その上であえて口をつぐんでいた。
「勇猛なのは結構だな。しかし、無理はするものではないのだよ。そちらのボスも仲間の無駄死にを望んでいるわけではなかろうに」
強制的な意思を持った制止。
ルイは視線を上げ、顔をしかめた。
依然として険悪なムード。
ピリピリとした沈黙が広がる空間に、シューズの音がコツコツと響く。
「ああ! 来たわね!」
歓喜にも怒りにも似た声を上げて、女は足を止める。
「自分から姿を見せるなんて、余裕ね。その鼻っ柱、あたしがへし折ってやる!」
女は野望に燃える瞳で青年を見据え、勢いよく剣を抜いた。
ルイが気まずそうに目をそらす中、赤髪の青年は表情を変えない。
「あなたも変わらないようでなによりだな。ここから先も無謀な勝負を私に挑むといい。その度にあなたは成長できるのだから。そんなわけで、やろうか」
クリスとエミリーがぽかんとする中、新たな戦いが始まろうとしていた。
が――
「やめてください。ヒルダ・マギー」
ルイは視線を落とし、口を開く。
熱して地面に冷水を浴びせるようだった。
「なによ」
女は不満げに彼を見上げる。
「どうせ、内心バカなこと考えてるんでしょう? 毎回、負けている癖に、とか。口で言わなきゃ気づかないと高をくくってさぁ」
彼女は不遜に口角をつり上げる。
「舐めてるんじゃないわよ。今度こそ、あの男は年貢の納め時なんだから」
「分かりました。じゃあ、さっさと挑んでください。あなたが沈めばこちらも静かになるんで」
「思いっきり負けるって決めつけてるじゃない!」
ヒルダ・マギーは激怒する。
口論が始まりそうになったとき、おもむろに謎の人物が口を開く。
「これは、私が去ったほうがよさそうだな。そんなわけであなた方も行くか?」
「いや、知らないよ。勝手に行ってくれ」
話を振られたため、そっけなく言葉を返す。
「では、その通りに」
「ああ! 待ちなさい!」
そそくさと広場を離れる赤髪の青年。
ヒルダは声を荒げ、噛みつかんとする。
けれども相手は足を止めず、離れてしまう。
うっかり彼を逃してしまい、彼女はぐぬぬと唇を震わせ、拳を握りしめた。
なおも諦めきれぬ様子を見せる中、ルイは彼女の肩に触れる。
「行きますよ」
呼びかけると同時に武器を解除する。
ダガーが闇で覆われたかと思うと、一瞬で鉄扇の形に戻った。
ヒルダは素直に従い、おとなしくなる。
ひとまず敵は退くらしい。
去り際、ルイはクリスとエミリーに、視線をよこす。
「正体を明かしておくぞ。俺たちは大罪と対抗者の内、どちらの味方でもねぇ。組織の名はグラジオラス。両方の陣営を潰し、この世界を勝ち取る者だ」
曇った夜空のような色をした瞳が尖り、眼光がほとばしる。
かと思うと急に静かな目付きになり、頭を下げた。
「お騒がせました」
背を向けて、歩き出す。
ヒルダも渋々、彼の後をついていく。
両者は通路へ流れていった。
***
「はしたないところ見せちゃったぁ。あたしのこと、嫌いになった?」
女は態度を軟化させ、男にすり寄る。
ちょうど鍛冶屋の近くを通るところだ。
鉄を打つ熱い音を耳に入れつつ、彼女へ意識を向ける。
「みっともないのはいつものことじゃないですか? どうでもいいです」
「嫌いじゃないって言いたいわけ? 別に言ってもいいのに」
「そんなこと言ったら怒るでしょ。『好きといいなさい。それ以外の答えは許さない』とか」
ルイが棒読みで言い放つと、彼女は相手から手を離した。
人がギリギリ通り抜けない程度に距離を空けて、ヒルダは歩く。
「本当に嫌いじゃないです。
「それ、全然褒めてなぁい!」
彼女は肩をいからせながら、地団駄を踏む。
「俺は悪いやつは好きですよ。特に自分を貫き通せるタイプの悪は」
誰かのことを言うように、口に出す。
「どういう意味?」
瞬きをしつつなにも分かっていないような顔で、彼を見上げる。
「でも、あたしのことじゃないのよね。なんか、つれないわね」
「あなたはむしろ真逆に近いですね」
自覚のない悪。それにしては甘すぎるが、似たようなものだ。
そしてそれは、彼が最も嫌いなタイプでもある。別段、構いやしないのだが。
熱風が吹き抜ける。
二人の姿は遠ざかり、霧と消えた。
***
頭上には雲が漂い、もやもやとした空気が場を満たす。
展開についていけないまま、気がつくと収拾していた。
そもそも、いきなり現れた青年は何者なのだろうか。
エミリーが勝手に彼の後を追いかけていたため、クリスも後を追うのだが、状況を把握できずにいる。
「あんた、気づかないの?」
「なにがだよ?」
きょとんと首をかしげる。
「あれよ」
彼女が青年の顔を指す。
そちらを向いて、ようやく気づいた。
色黒の肌、その頬に、白い紋章が刻まれていることに。
形はバラかカーネーション。
クリスは相手の正体を察して、声をかけた。
「君、名はなんというんだ?」
「私か?」
謎の青年が振り返る。
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