カフェと趣味
穏やかな青い空の下、女と少女は橙色の街を歩き、一つの喫茶店に吸い込まれる。
席を着き飲み物を注文。女はりんごジュース・少女はクリームソーダ。
友達になってからというもの二人は関わり合うようになった。今日も相手に誘われて共に動いているのだが、不思議な感覚がする。なにせ女は正体不明。亡霊を相手にしているようで不安になる。
「あんた何者なのよ?」
すくったアイスを縹色のジュースに落とし、またすくいながら、問いかける。
「それは答えられないかな。むしろこっちが聞きたいくらいなんだよ」
女は何食わぬ顔で笑ってグラスを握り、口をつける。ジュースを少しだけ飲むと、視線を少女へ戻した。
「プロフィールを答えようにも空白だからね。目に見える部分から埋めていかないと。ねえ、何歳に見える?」
「いきなりなによ」
戸惑いながらも雑に答える。
「二十代じゃない?」
「嘘……そんなに。私、年増だったのかな」
口に手を当て石像のように固まる。
「大人っぽく見えただけよ」
あわててフォローを入れる。
「そっか。よかった。でも君の推察は合ってるよ」
素直に少女の言葉を受け入れながらも、相手は冷静に納得する。
おのれは無駄に年齢を重ねていると、決め込んだように
「だとしたらまずいな。ほら、嫁の貰い手がね」
かと思うと難しい顔をしてグラスを見つめる。
ジュースの嵩はずいぶんと減っていた。
「あんたならすぐに見つかるんじゃない?」
血色のよい肌に華のある顔立ち。どこにでもある服をブランド物のように着こなす、ノーブルな雰囲気。
女の美貌をもってすれば、男は自然と寄ってくる。花に集まる虫のように。先日、ナンパを仕掛けてきた男がいい例だ。
マリアの楽観とは裏腹に、女は大きくため息をつく。
「ああ誰か、もらってくれないかな……」
夢見る乙女のような目をして、つぶやく。
その様は滑稽な空気感をはらんではいたものの、なぜか嫌味には聞こえなかった。
彼女の相手をするのは新鮮で、どことなく楽しい。
そんなこんなで、時は流れていく。
以降も会話を進める。内容は世間話だ。町中で喧嘩が勃発したり、国では動きが見られたり、色々と。
「大変そう」
女は淡白に感想を漏らす。
大きなリアクションを期待していた少女としては、つまらない。
「なになら気になるの?」
「もちろん、君のことっしょ」
当たり前のように答えると、身を乗り出す。
ジュースは飲み干した後。テーブルにグラスの影はない。
「趣味とかない?」
「いきなりそこに切り込むのね?」
教えることなんてなにもないのに。
ためらう少女に対して女は興味津々だ。
「あたしも君のマネをしてみたいんだ。なにかないかな?」
マリアはしばし無言でスプーンを動かすのみであったが、勢いに押されてついに口を開く。
「海へ、行ったり。貝殻を拾って、アクセサリーを作ったり」
「なにそれ。すごいきれいな遊び。ねえねえ、教えて」
さらに詰め寄り喜々として、せがむ。
「誰があんたのためなんかに」
「えー……でも、仕方ないよね。ごめん。図々しかった」
抵抗を見せると女はしょぼんと、肩を落とす。
まるでこちらが悪いかのようだ。
「ああもう! 別にいいわよ」
息を吐きつつ、答える。
これはあきらめだ。
「本当? やったー」
結局、相手の望みを叶えることに決まった。
二人はさっそく店を出て、少女の家へ向かう。
自室のテーブルには色とりどりの貝殻が散らばっており、あたりにはアクアの香りが漂っていた。
「あんたのためじゃないわ。あたしは趣味を見せつけたいだけ。教師をする気はないの。黙って見てて」
「うん、そうする。黙って見るよ」
女は弾んだ声を出し、頬をバラ色に染める。
ここまで期待をされては応えるしかない。
最高傑作を作るつもりでアクセサリーを組み立てる。
数十分後、完成した。薄水色の貝殻に穴を開けて、金具をつけたイヤリングである。
「わー、いいなー! ねえ、私もやってみたい」
女は無邪気に感激している。なんて純粋な女なのだろうか。
断るのは罪悪感がある。うーんとうなりながらも、別にいいかと、結論づけた。
「やりたいならやればいいじゃない」
「ありがとう。じゃあ、さっそく」
女はテーブルに散らばった貝殻に手をつけ、吟味し、マリアと同じ手順でアクセサリーを作り始めた。彼女がスムーズに作業をする様を、少女は黙って見守る。
かくして完成した。純白の貝殻に真紅のビーズを組み合わせた、イヤリング。売り物と言われても信じそうなほどに完成度が高い。才能の差を感じて歯ぎしりをする。少女は黒い感情をごまかすように口角をつり上げた。
「初心者にしては上出来なんじゃない?」
「本当? よかった。君が言うなら間違いはないっしょ」
女は真に受け、喜んだ。
さらにはいい気になってイヤリングを耳に近づける。
「似合うかな?」
光の入った瞳を少女に向ける。
似合うか否かは口にするまでもない。貝殻の清らかさと真紅の華やかさは、彼女に合っていた。やはり本物の美女は違う。内心で軽い苛立ちを覚えながら、マリアは答えた。
「あんたならなんでも似合うでしょうが。あたしとは違って」
「そうかな。この貝殻だと君のほうが似合うかもよ?」
気楽に口に出してイヤリングを机に戻す。
少女は相手の言葉を信じない。自分なんて所詮は褒められる価値すらない存在だ。そう決めつけて。
結局、机の上のアクセサリーには手を出さなかった。
いつの間にやら日が落ちて、空は真紅を帯びる。
二人は外に出た。夕焼けと家を背に、女は振り返る。日の光を浴びて黄金の頭髪がオレンジ色に染まっていた。
「楽しかったな―。また来ていい?」
「次があると思ってるの?」
「もちろん」
女はハッキリと言い切る。
すっきりとした顔、明日が来ると信じているような目で。その青い瞳が主張を放つ。彼女の清らかさはまぶしくも、羨ましい。
彼女自体は嫌いではない。拒むほどでもなかった。
少女は唇を閉じて、無言のまま、再会を約束する。
相手の『次はある』という言葉を、冗談半分に受け止めながら。
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