商人と少年

 青空の下、市場の並ぶ通りの端で、行商人は店を開いていた。

 現在も他の店に紛れる形で営業し、客を捌いている。

 商品は宝石。若く身なりの整った女性が対象だ。

 高く設定したものもあるが、よく売れる。

 平民の中でも貧富の差はあるようで、まともな生活を送る者には、気にならない値段だそうだ。

 むしろ手頃ということで、喜んで買っていく。


 彼はいちおうは外部の人間だ。

 かれこれ小一時間は経っているにも関わらず、誰もツッコミを入れない。

 皆は当たり前のように商品を買い、時には盗みの未遂を働く。

 また一人、客が現れた。


「うわぁ、すごい……。怪しいくらいに本物だわ」


 水晶玉を手に、露出度の高い格好をした女性が、つぶやく。

 齢は若い。恋する乙女と称しても問題はないくらいだ。


「ねえ、あなた、このあたりで白髪の青年を見なかった? 私、探しているの」


 控えめな声で尋ねてくる。


「いいえ」


 素直に答える。

 彼の行方は本当に知らない。

 なんなら情報はこちらが入手したいところだ。


「そう……」


 彼女は声のトーンを落とす。

 多くは語らないが、なにを考えているのかは読めた。

 おおかた、相手は白髪の青年に興味を持っている。もしくは惹かれているといったところか。


「あなたも素敵よ。顔は普通だけど、清潔感があって」

「それはどうも。気持ちだけ受け取っておきますよ」


 顔色を一つも変えずに受け答えをする。

 相手も本命は白髪の青年ただ一人のようだ。

 水晶の玉を購入すると、あっさりと去っていく。

 行商人は彼女を見送った。



 女性と入れ替わるような形で、ボロ衣をまとった男が走ってくる。

 彼は商品の一部をひったくるようにして掴むと、すぐに逃げていった。

 だが、その足はすぐに止まる。

 目の前が真っ暗になり、倒れ伏す。

 行商人がかけた魔法の効果だ。


 彼は盗人から離れた位置で、ひとりごちる。


「商売する場所を間違えたかもしれない……」


 そろそろ潮時だろうか。

 引き上げようと動き出す。

 そのとき、彼の耳に二人が言い争うような声が聞こえてきた。


 ***


 平民街、貴族街へ続く階段の下にて。


「なんのために貴様を呼んだと思ってる? まるで効果がないではないか。雑な仕事をしたのではあるまいな? それとも結界が大したことがなかったのか?」

「誰にものを言ってる? このオレだぞ」


 中年の男を、不遜な態度で少年が見上げる。


 一五歳あたりだろうか。

 虎目石のような瞳と、警戒色で縞模様のマントのせいか、露骨に危険な雰囲気を放っている。

 よくいえば大人びており、悪くいえばかわいげがない。

 手首には、ブルーダイヤのブレスレットと、黒と透明の水晶を用いた数珠。

 ネックレスでもつけているのか、チェーンが見え隠れしていた。


「オレの術は完璧さ。間違いはない」

「ならばなぜ、人が死んでいる!」


 男は刺々しい目つきで少年を睨んだ。

 そこへ一人の影が迫る。


「おかしいな。見たところ、結界は無事なようだが」


 シャープな声に、二人は同時に振り返る。


 近寄ってきたのは仮面をつけた男だった。

 全身をどす黒く染め上げ、腰に剣を挿したその姿は、まさしく死神。鎌を構えていないのが惜しいくらいだ。

 おそらくはこの世で最も、青空が似合わない男である。


「貴様、なにを言い出すか! 現に事件は起きているのだぞ!」


 指をブンブンと振りながら、男が詰め寄る。


「実際に破られてはいないだろ? 素人が語るな」

「お前も素人だろ」

「俺は貴様の味方をしているのだが」

「言わせとけよ。事実は覆らないさ」


 少年は冷めた声を出す。自身の潔白に関しては、興味がない様子だった。

 なおも中年の男は鼻息を荒くしながら、拳を震わせている。


「いいから、事情を話してもらおうじゃないか。だいたい読めてるがな」


 二人の視線は中年の男に集中する。

 途端に相手は目を泳がし、顔に汗を浮かべ始めた。

 ようやくおのれが不利な状況に置かれていると、気づいたらしい。

 それから男は早口で事の詳細を語り始めた。


「貴様らも存じていよう。貴族街で暗殺者が暴れだしたと。執事も貴族もまとめて死亡。屋敷は血まみれ。凄惨たる有様! どう責任を取ってくれようか!」

「まだ言うのか」


 少年がツッコミを入れる。


「黒幕は操作系の術を扱う」


 死神は過程を飛ばして結論を出す。

 詳細は語らない。


「何者かが操って、殺し合いでもさせたか。事件は貴族街の中で完結してるぞ、これ。結界を張った意味はなかったな」


 完全なる無駄骨。

 そう少年は結論を出す。


「しかし、悪の侵入を許した貴様にも責任があるのだ! いかに優秀な術者といえども、言い訳はできまい!」


 中年の男は渋っていた。

 この語に及んで、少年が悪いことにしたいらしい。


「まるで話が通じていないな」

「時間の無駄さ。もっと早くに気づくべきだったが」


 二人は早々に見切りをつけ、男から離れる。

 相手はなおも文句を叫んでいるが、追いかけてはこなかった。


「お前、なんでこの街に来たのさ?」

「怠惰を探している」


 少年の問いに、死神は答える。

 彼の手首にはリングが見え、手の甲にはカラスの紋章が浮かんでいた。


「傲慢は言った。『やつはこの町にいる』と」

「あいつの言葉なら、確かなようだな」


 少年は軽やかに笑う。


「会ってどうする」

「どうもしない」


 きっぱりと言い切る。


「現れたからには理由があるはずさ。いいぜ。行ってこいよ」


 思考を読んだかのような物言いに、死神はただ、苦笑を漏らした。


 足はちょうど、川の近くに差し掛かる。

 そこへ二人の影が浮遊し、地面に降り立った。


「なんだこれ? どこだ、ここ?」

『転移じゃ。汝、バングルの意味を理解しておらぬようじゃな』


 噂をすれば。

 少年と死神はピタリと足を止める。

 彼らは二人の男女へと注意を向けた。



 ***



 なにが起きたのかは定かではない。

 気がつくと川の近くの道に、放り出されていた。

 市街地に近いため、人の気配は多い。

 反対に屋敷からはずいぶんと離れてしまった。


「なんだか知らないけど、助かったー」

『助かっとらんわ!』


 のんきな発言に、火の鳥がツッコミを入れる。

 彼女は半透明の姿で彼の前を横切り、その顔を覗き込んだ。


『汝、毒っておるだろう!』

「そうなんだよ。どうすればいいと思う?」

『丸投げか? 解毒をすればよいのじゃ!』


 声を張り上げて、答える。


「君が取ってきてくれ」

『妾は霊体じゃ』

「そこをなんとか」


 無茶振りである。

 無理なものは無理なのだ。

 火の鳥が困っていると、そこへ何者かの影が迫る。

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