鮮血の花

 食事は終了。

 会計に移ろうとした矢先、事件は起きた。


 突然の轟音。

 派手に窓ガラスが割れて、破片が飛び散る。

 三人は瞠目。店内は騒然。

 外へ視線を向けると、似たような格好をした集団が、道路を埋め尽くしていた。


「答えよ。そなたらは国王に与するものか?」


 唇を開いたのは代表と思しき女だった。

 紅紫色の髪をまとめ、大きなコームで留めている。


 服装は動きやすそうなパンツルック。

 上はノースリーブのフリルブラウス。

 縞模様のスカーフを胸元で結んでいる。


 やけに華やかだ。露出した肌には装飾品が目立つ。


 瞳は今にも燃えそうなカーボンブラック。

 その静かな目が見据える先に、一般市民の影があった。


「その容姿、反乱軍のリーダーか?」


 険しい顔つきで男が唇を動かす。

 反乱軍のリーダー。

 その単語を耳にした瞬間、周りにいた者たちは一斉に散らばる。

 それまで某けていた者たちが、一部の例外もなく。

 ただ一人、屈強な男だけが道路に留まった。


「フン。おおかた、おのれらの意思を広めるために、ここを訪れたのだろう。だが、誰がつくものか。お前たちのやり方は野蛮なのだ」


 質問の意図を理解した上で、毅然とした態度で、男は主張する。


「そう、なんて愚かなのかしら」


 静かに女はこぼす。


「いいわ。そなたの間違い、このあたくしが正してあげる」


 瞬間、水色のブーツが地を蹴る。

 ハイヒールの硬質な音が鳴った。

 両手にはバトルアックス。濁った赤色に染まっていた。

 勢いのまま、女は斬りかかる。

 反応する間もなかった。

 男は丸太のようになぎ倒され、地面に伏せる。


 路地のほうでも、似た格好をした者たちが市民に斬りかかっていた。

 逃走者は許されず、彼らは沈む。

 まるで容赦がない。

 見る見る内に石畳は赤く汚れていった。


 敵は建物の中にまで入ってこない。

 そのせいか、マースリンは落ち着いていた。

 汗一つかかずに傍観している。


「反乱軍とはね。各地で動き回っていると聞いてはいたが、もうこちらまで着たか。熱心なようでなによりだな」

「反乱軍?」

「あの女性の周りをご覧。縞模様の小物を身に着けているだろう。あれが反乱軍である証だ」


 疑問を呈するクリスに、丁寧に解説をするマースリン。

 聞いてもこれといった反応はない。へーと雑なリアクションをする程度。

 傍観を続ける二人の代わりに、エミリーが動く。


「止めないと」


 彼女は割れた窓に近づき、外へ身をさらす。


「おい」


 慌てて呼び止めるも、すでに遅し。

 さすがに放ってはおけないため、後に続く。

 かくして三人は荒れた道路に身を晒した。


 いよいよ両者は対面する。

 女のストイックな瞳が、彼らへと向いた。


 三人の背にはひ弱な青年と少女のカップル。

 生きながらえようと視線をさまよわせるも、町には逃げ場はない。

 周りは一団に囲まれていた。


 街の全体が戦場となっては、エミリーもマースリンもただでは済まない。

 それでも非戦闘員を守るために、彼らは退くわけにはいかなかった。


「なにも言わないのね。でも、敵意だけは伝わってくるわ」


 異様なまでにシリアスな空気。

 クリスにとってはその気はないのに、緊張感が増す。


「よくてよ」


 熱い風が吹く。

 紅紫の横髪がなびいた。


「諸共なぎ倒して上げる」


 赤い唇が弧を描く。

 カーボンブラックの瞳がギラリと光った。


 女がバトルアックスを構える。


「サラマンダーの加護ぞ、我が手にあり。灼熱の毒よ、眼前の敵を焼き尽くせ。炎上!」


 彼女が武器を振るう。

 その先で紅紫の炎が発生。

 クリスたちに迫る。


「ゲ」


 範囲攻撃。しかも毒だ。

 クリスが顔を歪める最中、マースリンは真っ先に対処をする。


模倣コピー。目には目を。毒には毒を。そして全ては相殺される」


 前に立つと長剣を抜き、刃を振るう。

 直後に紅紫の炎が彼から放たれた。

 互いの攻撃がぶつかり合う。

 結果は相殺。

 しかしながら、女の術は見た目こそ炎だが、本質は毒である。

 霧として、紅紫の毒は残留していた。


「意味ないじゃない!」

「やらかしたな」

「別にいいよ。とにかく逃げよう」


 三人は逃げる。

 なお、敵はその場からは動かない。


「避けられた。ならば別のやり方を試すまで」


 落ち着いてバトルアクスを三人へと向ける。


「背徳、災厄、不運、破壊、濁り、汚染。集め、放出。甘き毒はただ一人を侵す。焼き尽くせ」


 刃の先から凝縮した毒が、放たれる。

 さながら光線のようだ。

 彼方、煉瓦の建物の周辺。

 狙う先は乳白色の青年。

 彼が最も危険な敵だと理解しているからだ。


 避けられはしない。

 光線はまさに光の速度だ。

 気がつくと撃たれているような代物である。

 代わりに「ん?」と、とある男が視線を後ろへ向けた。


 刹那の内、マースリンだけが気づく。

 女の放った攻撃が、あまりにも強い気配を放っていたせいだ。

 マースリンはとっさに振り向き、クリスの前に身を晒す。


 直撃。

 かすかに呻く。


「おい!」


 クリスが叫ぶ。

 なにも庇うことはないだろうと、言いたげだ。

 しかし、マースリンは平然としている。


 確かに派手に撃たれ、衝撃は感じた。

 ただし、外傷はない。

 光線は体内に吸い込まれたように、消えた。


「問題ないな。死ぬわけではないのだから」


 構わず走り、路地裏まで逃げ込む。


 なお、実際は。





「全然、大丈夫じゃないじゃない!」


 肩を怒らせて、エミリーが喚く。


「いやいや本当、大丈夫。別につらくはないな。ただ体に力が入らないだけで」

「それ、明らかに毒が回ってるだろ」


 足を止めた途端にマースリンは座り込み、石の壁に背中を預けた。

 嫌な汗を書いている。

 視界は点滅。黒い幕が下りたように暗転する。


「むしろ、気持ちがいいくらいなのだよ。今にもスイートな夢の世界に、連れて行かれそうでね」

「逆にやばいやつなんじゃないの!? それ」


 目を見開きながら、声を荒げる。


「毒ったものは仕方ないよ。で、どうする?」

「解毒剤とか持ってないの?」

「生憎と、今は切らしているのだよ」


 しれっと答えると、エミリーは壮大にため息をつく。

 がっかりしたが、やるべきことは変わらない。

 状況を打開する鍵は、反乱軍のリーダーが握っている。

 意思を固め、路地裏の出口へ目を向けた。


「とにかく、あたしはやるべきことをやるわよ」

「ちょっと待ってくれ。君はサポートに回ったほうがいいって、いったよな?」


 エミリーが飛び出そうとして、クリスが呼びかける。

 なお、相手は聞く耳を持たない。

 これだから脳筋は困る。そんなことを、心の中でつぶやいた。


「逃げ場はなし。こんな場所に固まってくれて、なによりだわ」


 ハイヒールの足音。

 水色のブーツ。

 薄暗い地面に影が伸び、太陽が花のごとき女の姿を照らす。

 後ろには仲間もずらっと並んでいた。


「あたくしはじわじわと追い詰めるような真似はしない。鬼畜ではないのだから。ええ、楽に死なせてあげてもよろしくてよ」


 真っ赤な唇が弧を描く。

 力強く宣言すると、彼女は堂々とバトルアックスを構えた。

 一撃で終わらせるという、意思を感じる。


「咲け。裂け。甘美なる蜜を滴らせた花よ。その身に赤を投影。生命を奪い取れ。汝はほかならぬ、その花なのだから」


 詠唱の後、彼女の背景に花が咲き誇る。

 美しいには美しいが、趣味が悪い。

 灼熱の色に、滴る神酒のごとき蜜。

 食虫植物が口を開けて、獲物を待っているかのようだった。


 クリスは、すぐさま動く。

 こうなっては術が行使される前に動いたほうがよい。

 斧を両手に、攻撃を仕掛けようとする。

 そのとき、背後で影が動いた。


「広範囲の術で皆殺しとは。それはありがたい」


 言った瞬間、女の背後で花が咲く。

 術の毒ではない。

 血だ。


 女は目を見開き、振り返る。

 視線の先。

 汚れた地面に部下が倒れている。

 その身は赤き血で濡れ、微動だにしない。

 皆、表情を固めている。

 まるで数秒前の時点で、時を停めたかのようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る