王にふさわしいのは誰か


「例えばあなた、王になる気はないの?」

「え? ないけど」


 クリスへ向けた質問。

 本人は即答する。


「あたしはなってもいいわよ」


 エミリーが挙手して、身を乗り出す。


「あなたは難しいと思うの」

「ええ!? どうしてよ?」


 占い師が眉を垂らす。

 エミリーが驚愕に目を見開いた。


「あなたには王の素質がないと思うの」


 ハッキリと直接、言葉で伝える。

 残酷な真実。

 エミリーはガビーンと固まる。

 それでも彼女は自身の可能性に関しては、察していたらしい。自分では絶対に王にはなれないと。

 眉を寄せうつむきながらも、前を向く。


「ただ一つ、言うのなら」


 真面目な声が鼓膜を揺らす。

 手前で占い師が目を伏せ、口を開く。

 彼女は含みをもたせた口調で告げる。


あなたは必ず・・・・・・運命と立ち会い・・・・・・・そこで全てを・・・・・・終わらせるでしょう・・・・・・・・・それは真なる・・・・・・終わりではない・・・・・・・むしろ・・・始まりである・・・・・・


 まるで未来が見えているかのような言い方だった。

 意味は分からないが、不思議と胸に響く。

 エミリーの中で相手に対する説得力が、増幅していった。


「それと、クリストファー・ガスリー」


 占い師は視線をクリスへ向ける。

 彼女のガラスのような淡い瞳と、目が合った。


「あなたは王になれると思うの。神の加護を受けている、みたいな? とにかく、特別な力を秘めているの。それを最大限に引き出せば、どんな相手にも勝てるでしょう」


 ――加護がよい方向へ働くとは、保証できないけれど。


 最後にボソッと付け足して、改めて問いかける。


「どう思うの?」

「嫌だよ」


 またしても即答。

 占い師は無言だ。


「柄じゃないんだよ」


 嫌そうな顔で理由を口にする。


「僕は気楽に生きたいだけだ。王になったら全てが台無しじゃないか」


 彼は支配をしたいわけではない。

 純粋に楽をしたいだけである。

 特別な地位は求めていなかった。


 一方でエミリーはジロジロとクリスを見る。


「どうしてあたしじゃなくて、彼が?」

「そこは私も不思議に思っていたの」


 娘の不満に占い師も同調する。


「あなた、何者なのかしら?」


 眉をひそめながら、首をかしげる。


「正体を掴みきれない。まるで、乳白色の霧で覆われているみたいなの。もしくは真実は見えているけれど、信じられないだけかしら」


 とにかく不思議な人だと、彼女は語る。

 占い師のガラス玉の瞳はクリスの心の底を、過去を――前世を映しているかのようだった。


「私としても傲慢のほうが王にふさわしいと思うのに」


 淡々とつぶやきながら、占い師は水晶を覗き込む。

 彼女は水晶越しに傲慢の容姿を見ているらしい。


「あら、まあ!」


 唐突に彼女は目を輝かせた。


「なんて素敵な人……!」


 ぱあっと表情が明るくなる。

 よく見ると頬がピンクに染まっていた。


「やっぱり彼、王族じゃない。傲慢にしておくにはもったいないくらい!」

「なんなのよあんた、節操なしなの!?」


 勝手に盛り上がっている占い師に、エミリーが突っ込みを入れる。


「関心が傲慢あっちに移って、よかったんじゃないか?」


 クリスは静かに腰を上げる。

 見たところ占い師は傲慢に惚れたようだ。

 この様子ならば自分はいなくても問題はない。

 元より彼女に付き合う義理もなかった。


「君が幸せならいいよ。じゃあ、さっさと行こう」

「そうね。情報は聞き出せたし」


 言うが早いかエミリーも立ち上がる。

 二人は速やかに退出し、街に戻った。





 一時、拠点へ戻る。

 隠者の姿はない。

 彼女に頼って冒険者の街までひとっ飛びしようと、していたのだが。

 さすがに待てないため、街へ引き返す。

 目的地へは徒歩で行くことに決まった。


 南東へ出発。

 冒険者ギルドを目指す途中、おもむろにエミリーが口を開く。


「次の町で対抗者とチームを組むわよね。そのリーダーはあんたに譲るわ。どう?」

「僕は向いてないよ」


 やんわりと断る。


「やる気がないだけなんじゃないの?」


 図星だった。


「そんなことはないよ」


 言いよどむ。


「本当かしら」


 案の定、信じてもらえていない。


「まあまあ。ゆっくり考えればいいじゃないか。結論なんて出さなくてもいいよ。気長にやろう」


 なだめるように呼びかける。

 本人としてはすでに思考を止めていた。


「町についたら服でも買いに行こう」


 二人の影は草原の果てへと消えていく。

 その背景には爽やかな縹色の空が、延々と広がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る