その刃は緋色を帯びる

 しばしの静寂。

 無風。

 空の青に紅がかかる。

 じき夕暮れだ。

 それまでに決着をつけねばならない。


 互いに逃げる理由も引く意味も失った。

 引き下がれない。


 凪いだ海をひっくり返すように、戦いは始まった。


 いったん火の鳥が姿を消す。彼女は元の器に戻った。

 かくして二つの視線は交錯する。


 最初に青年が手のひらを相手へ向けた。

 炎を放出。

 女は水で返す。

 攻撃は蒸発した。


 女が水と氷の属性を操るのに対して、こちらは炎。相性は悪い。


 ならばと、体の内側に宿る炎が動く。

 リミッターを解除。

 魔力を増幅。


 体が熱くなるのを感じる。

 炎が周囲へ広がった。


 強い火力は地面を焦がし、その身すら灼こうとする。

 それに驚いたのは青年と女――両方だった。


「まさか、ここまでとはな」


 ため息まじりに、モルガンが漏らした。


 クリスも思う。

 相手が感じていることと同じような、違和感を。

 さすがにこの魔力は大きすぎる。


 だが、ためらってなどいられない。

 気にしてなど、いられない。


「喰らえ」


 炎を放出する。


「させるものか」


 女は水で打ち消しにかかる。

 しかし、完全には押し流せなかった。

 圧倒的な炎の力を持って、水は霧へと化す。




 視界を乳白色が覆った。

 モルガンは様子を伺う。全身の神経を逆立て、四方にアンテナを張りながら。

 刹那、眼前に斧が迫る。まるで霧を切り裂くように。

 彼女は目を見開いた。


 回避せねばならない。

 危機感を覚えたのもつかの間、赤が視界に飛び散る。

 彼女自身の血だ。

 肩から胴にかけて、袈裟斬りにされている。

 魔力の乗った斬撃だったようで、斧の刃が緋色に輝いていた。


 青年の表情には色がない。

 容赦がなかった。

 本来なら相手を真っ二つにするつもりだったのだろう。

 しかしながら彼では一撃では殺せない。絶対に。


 対して、モルガンはひるまなかった。

 即座に反撃へ転じる。

 ナイフを構え、急所をえぐらんとする。

 だれども、カチンと硬質の音。火花が散る。

 青年が刃で攻撃を受け止めたのだ。


 いったんは膠着。

 互いに動けない。

 そこを炎が渦を巻きながら迫り、女のみを狙う。

 避けられない。

 肉体に燃え移る。

 皮膚が赤茶色に変色するも、ここは水と氷の使い手だ。

 水色のオーラをまとって、回復する。


 つづいてモルガンは腕を動かす。

 手のひらが伸びる方に水が発生。それは波へと姿を変えた。

 水の魔法が青年に襲いかかる。

 彼は静かに迎え撃つ。

 剣を振りかざす。

 刃はまっすぐに波を切り裂いた。




 妙に息が合っている。

 不思議な感覚だ。

 肉体は一つだというのに、まるで二人で戦っているかのような錯覚すらある。

 否、本当に火の鳥と一つになっているのだ。

 彼女の心は自分の中にある。


 力を振るうたびに、炎が体に馴染んでいく。

 心地よい。

 戦いの最中だというのに、気持ちが落ち着く。

 そこで気づく。彼女と自分は、相性がよかったのだと。


 火の鳥はクリスを咎めなかった。

 不満こそ述べるも、受け入れてくれる。

 そんな彼女が好きだった。


 だが、これも終わる。

 それを実感する。

 つくづく、終わらせるのが惜しい。

 それでも、覚悟なら互いに決まっている。

 だからなにも、迷うことなどなかった。


 青年は突っ込む。

 斬撃と共に衝撃波も発生。

 女が建物まで吹き飛ぶ。

 彼は女の肩を貫く。

 勢いのまま、彼女は壁に固定された。


「やれ!」


 叫ぶ。

 瞬間、炎が女を呑み込んだ。


「あ……ああああああああ!」


 絶叫がほとばしる。

 不意に脳裏をちらついた。

 自身が焼け死んだときの記憶が。

 それはまるで他人のことのように不確かなのに、この胸に焼き付いて離れない。


 所詮は他人事。

 過去の自分の至った結末でしかない。

 どうでもいいのだ、なにもかも。


「いや、嫌、嫌ああああああ!」


 女が手を伸ばす。

 黒焦げになった指先が、空気に触れた。


「まだ、こうしていたい。お願い! 後少し……! あなたに……焦がれていたい」


 目をカッと見開く。

 全てが黒焦げになった後なのに、目だけは白くギラリと輝いていた。

 けれども叫びは、祈りは届かない。


「ああ――なにもかも、恨めしい」


 その言葉の後、全てが砕け散る。

 肉も骨も皮も、なにもかもが灰になった。

 もろく、黒く、崩れ去る。

 後に残るは煤だけ。

 そこには人の姿はない。

 残るはただの影のみ。


 妙に現実感のない結末だった。

 だが、それでも、敵は倒された。


 同時に気づく。

 自分の中から魔力が薄れようとしていることに。

 すべて、決まっていたことだ。彼女がリミッターを外したときから、この結末は読めていた。

 だからこそ恐れたのだ。全てが、終わってしまうことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る