金は巡りまわる

 盗賊を退けてから、二人は拠点に戻った。

 彼らは自分たちの部屋でそれぞれの時間を過ごす。

 クリスはぼーっとし、エミリーは読書に勤しむ。

 静かな一時を満喫している内に、夜になった。


 そしてそれは、突然起こる。


 突風が吹き荒れたかと思うと窓ガラスが割れ、破片が床に飛び散った。

 空いた空間から侵入者が降り立つ。

 艶のない黒服に濡羽色の髪。白い肌を黒い仮面で覆った、正体不明の男。

 張り詰めた緊張感の中で二人は立ち上がって、戦闘態勢に入る。


「あんた、強欲よね」


 新調した二本の槍を構えて、その穂先を敵に向ける。


「あんたはここで始末する!」


 エミリーが飛び出す。


「いきなりかい?」


 待てと叫んでも、彼女は聞かない。

 ともかく、戦わざるを得なくなったため、乳白色の剣に触れる。柄を掴むと斧に確定。

 両手で構えたところで、低い声が鼓膜を揺らす。


「動くな。罰を与える」


 女のように細長い指先が、二人をとらえる。

 跳ねた鼓動を合図にスペルが発動。

 体に漆黒の渦がまとわりつくような感覚。

 気がつくとクリスとエミリーは、硬直していた。


「な、に? これ?」


 口が思うように動かない。

 エミリーが困惑する中、男は静かに彼女らを見やる。

 仮面のせいで表情は読めない。

 ただ、明確な敵意を持っていることは伝わってきた。


 彼はすぐに目線を二人から外して、別の方角を向く。

 壁際、鍵のかかったタンス。見た目は普通。数は合計で、三さお

 その内の中央に設置されたものに、強欲は目をつけた。


「強奪スキル発動」


 低くつむぎ、詠ずる。


「見えざる手よ、宝物庫より宝を奪い取れ。そして虹の一欠片は、我が手に移る」


 次の瞬間、目を付けたタンスの真ん中の引き出しが、光を放つ。


「ああっ!」


 エミリーが危機感に満ちた声を出す。

 まずいと悟るも間に合わない。

 宝玉はタンスをすり抜け、外に飛び出す。それは宙に浮いてくうを一瞬で駆けると、男の手に収まった。

 彼は奪った宝を懐にしまうや否や、二人に背を向ける。


「待ってくれ」


 あわててクリスが呼び止めるも、相手は無視して床を蹴る。

 黒靴がガラスを踏み砕き、パキッと音が鳴った。

 彼は割れた窓から飛び立つ。


 一定の距離が離れたせいか、拘束が解ける。

 二人は急いで窓に駆け寄るも男の姿はとうになく、外には闇が広がるばかりだった。



 ***


 サクは私室の隅に座り込み、影を背負っていた。


 先ほど念話(バングルに搭載した機能)を通して、金額を尋ねた。

 強欲が答えた値段は金貨一枚。


「容易いだろう?」


 彼はあっさりと答えたけれど、サクは金貨など持っていない。

 いちおう、金庫をチェックしてみた。

 中には銀貨が二〇個ほど、詰まっている。

 シスターとして信者からだまし取ったものだ。

 贅沢ができるくらいに集まったと満足していたが、金貨一枚には足りない。

 サクは頭を抱えた。


 ともかく報酬を支払わなければ、まずい。下手をすれば殺される。

 指定され額を集めるためには、借りるしかない。

 けれども協力者がいないし、大金を持っている者は限られる。

 富豪にすり寄ってねだればいいだろうか。

 そこまで考えてふと、思いつく。

 協力してくれるような相手に心当たりがあった。



 西の地区、ジュエリアム。

 特殊な金属や宝石の採れる危険地帯。

 強い魔物も徘徊するエリアに、狩人ハンターの少年は立っていた。

 屈強な肉体を詰襟の衣で覆い、背に黄と黒のマントをたなびかせる姿は、獣じみた獰猛さをはらんでいる。


「お願いします」


 ダンジョンの入口で彼を見つけるなり、傾国は頭を下げる。

 少年は彼女を見た。

 虎目石の瞳は鋭い。まるで未来を見通しているかのようだった。


「あなたは金運に恵まれた者だと伺っております。どうか私に恵んでいただけないでしょうか?」


 切実な思いを瞳に込めて、訴えかける。

 正直な話、駄目元だ。

 大罪を冠する者は皆、冷徹。無視をするに決まっている。

 ところが返ってきたのは意外な一言だった。


「いいぜ」

「ええ?」


 サクは目を丸くする。

 まさか応じるとは。

 長期戦に突入するとばかり思っていたため、戸惑う。


「どうした?」

「いえ!」


 気持ちを切り替え、素早く動く。


「では、財布を差し出していただけますか? 後ほどお返しいたします」


 さすがに金額を言えば逃げるだろう。

 奪うだけ奪って逃げるしかない。

 邪悪な考えが頭をよぎったとき、少年は金貨を取り出し、目の前にチラつかせる。


「これくらいだろ?」


 勘で言い当てた可能性はあるものの、さすがに鋭い。

 すえ恐ろしさを感じ、ヒヤリとした。


「なぜ、ご存知で?」

「予想がついたからさ。あの男、ケチだしね。元を回収しようと動くだろ」


 この場にいない誰かを嘲るように、彼は語る。


「ま、どうでもいいさ。ほら、ほしいんだろ?」


 彼が金貨を投げる。

 慌てて受け取った。


「ああ、ありがとう、ございます」


 感謝の気持ちを伝えようと、顔を上げる。

 そのときには目の前にいたはずの彼はいなくなっていた。

 サクはパチパチと目を瞬かせながら、立ち尽くす。

 荒野を乾いた風が吹き抜けていった



 とにもかくにも報酬の額は集まり、ひと安心。

 後日、強欲に支払いを済ませ、解放される。

 しかし、サクは浮かない顔で頬杖をついていた。

 カーテンを締め切った室内は薄暗く、彼女の顔に影を作る。


「なにが気に食わぬのだ? やつは有能である」


 となりではレオが我が物顔で構え、海色の宝玉を弄んでいた。


「盗みに関しては特にな! 実は才能があるのではないか。いままで生かさずにいたとは、もったいない!」


 相手は高らかに主張をしているが、サクは彼の話に興味がない。


「金輪際、強欲は頼らない」


 強調するように彼女は言葉をつむぐ。


「彼は私を破産させるつもりか。もしくは嫌がらせ? 金額を提示した際も、当てつけのように聞こえた」


 サクは訝しむように眉をひそめると、横からレオが指摘を挟む。


「妥当であるぞ。宝玉は価値あるものだからな! 奪い返すよう依頼をしたのなら、相応の価値は払わねばならん。貴様は災難であったな!」


 彼は他人事のように笑い飛ばす。

 苦労をさせた自覚はあるようだが、いささか腹が立った。


「ならば、あなたが出せばよかったのでは?」

「そのつもりであったぞ」


 恨めしげに言うと何食わぬ顔でレオが返し、サクは表情を固めた。


「え……?」


 気の抜けたような声が漏れる。


「俺様は『渡せ』と言ったのだ! 俺様の代わりに! 金ならいくらでも持っていて、構わぬのでな!」


 両手を広げ、胸を張る。

 相手が一人で盛り上がる中、サクは話についていけずに、石と化していた。


「つまり自分で払うように言われたと、勘違いした……?」

「で、ある! 早とちりであったな!」


 ガーッハハハハと豪快に笑う。

 サクは眉を寄せて、口元を歪めた。

 花のような唇がむむむと、波を作る。


 彼は皆まで言わずとも伝わると考えていたのだろうか?

 伝わるわけがないだろう。

 いささか納得がいかなかった。


 とにもかくにも、これ以上は資金の無駄遣いである。

 非常事態が起きるまで、強欲の出番は後だ。

 絶対、絶対に。

 そう固く決めるのだった。

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