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位置情報が警視庁ではエイジェント側は尻尾を出さない。九条が参加したケース1の実験開始以前の9月から、矢野と上野一課長は別途でプロトタイプの実験を進めていた。
プロトタイプの被験者は警視庁刑事総務課の
『横山刑事にはスズキケン、衛藤刑事にはハセベアヤカ、同姓同名が多くいそうな架空の人物をスマートフォンの中で演じてもらいました。プロトタイプケースは現実の世界ではなくスマートフォンで起きているデータの世界がポイントになります。〈agent〉の管理者は画面上のデータにしか興味がない。だからデータ上はスズキケンもハセベアヤカも存在する設定をこちらが作ればいいと考えたんです』
事細かに設定されたスズキケンとハセベアヤカの経歴や性格、趣味嗜好にSNSのアカウントがモニターに映し出された。
矢野とサイバー犯罪対策課によって生み出されたスマートフォンの世界に生きる架空の男女は、どこにでもいそうな普遍的な人物設定だ。
スズキケンは三十一歳の会社員。
交際3年で婚約までした彼女が友人と浮気、恋人と友人を一気に失った彼は彼女と浮気相手の友人を恨んでいる。
ミソジニー、女に求める理想が高い、婚活アプリ利用者。とにかく結婚がしたい。
ハセベアヤカは二十六歳のOL。
生き甲斐である二次元の推しキャラへの課金は惜しまないが、同時に推しに容姿が酷似したホストへの貢ぎ癖が止まらない。
同担拒否傾向。同じホストを指名する被り客との間にトラブルがあり、8月に店を出禁。被り客の女を邪魔に思っている。
架空のスズキケンやハセベアヤカのような男女は現実にありふれている。二人が密かに抱えるダークサイドも、ありそうな話だ。
『エイジェント側には位置情報が筒抜けですから、スズキケンは江戸川区在住の職場も江戸川区、ハセベアヤカは目黒区在住の職場が渋谷区という位置情報の設定です。この実験のために被験者のお二人には偽の住居と偽の職場をそれぞれ用意、9月から11月までの3ヶ月間こちらが指定した場所で〈agent〉ゲームをプレイする生活を過ごしてもらいました』
住居や職場まで用意して随分手の込んだ実験だ。そうまでして矢野と警察は〈agent〉の何を突き止めようとしている?
『先陣を切ったのはプロトタイプの横山刑事達でしたが、プロトタイプも最初はデータが少ない状況での手探り状態でした。後半2ヶ月間はケース1の被験者達のサンプルデータが助けとなり、第二の仕掛けを施しました』
マイクを握る矢野の手にかすかに力が込められた。上野一課長と目を合わせた矢野は上野の頷きを合図に再び口を開く。
『3ヶ月間の横山刑事と衛藤刑事の尽力もあり、こちらが張った罠に相手は食いついた。スズキケンのアプリには12月1日、ハセベアヤカのアプリには12月3日に、エイジェント側からあるメールが届きました。これが〈agent〉の正体です』
モニターに現れた文字は〈agentご依頼受付フォーム〉。フォームには十数個の質問事項と個人情報記入欄があり、一見するとアプリ使用に関するアンケートにも見える。
だが時折現れる“ターゲット”の単語と最後の締め括りの言葉が、これがただのアンケートフォームではないことの何よりの証明だった。
締め括りの一文が〈agent〉の本性だろう。
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アプリの存在とエイジェントに関する情報は口外しないように。あなたの個人情報はエイジェントに届いています。
これは契約です。契約違反の場合、次に殺されるのはあなたかもしれない……。
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最前列の上野一課長がマイクを握って立ち上がった。
『特命捜査対策室と連携して捜査中の連続絞殺事件はこのエイジェントアプリと関係があるのではと我々は睨んでいる。agentとはつまり殺人代行の意味だろう』
以前から連続絞殺事件の捜査本部では殺人代行の可能性を示唆されてきたが、誰がどのようにしてそれを行えるのか、沸いて出る疑問点に誰もが
『矢野が〈agent〉の中毒性と加虐性について述べたが、アプリの利用者は特定の人間への強い恨みの感情を抱き、憎い人間のアバターを作成して現実世界ではタブーとされる犯罪行為をゲームの世界で実行している。この仮説を裏付けてくれる証拠が、連続絞殺事件の被害者、夏に殺害された
〈agent〉アプリ内で小夏がターゲット用に作成したアバターの名前はアイカ。ゲームの世界で“アイカ”は“コナツ”に銃で撃たれ、刃物に刺され、最後は全身を焼かれて命を落とす。
すべて芹沢小夏がagentでプレイしたストーリーだ。
『ゲーム内で殺される役割の“アイカ”は芹沢小夏の友人の来栖愛佳と思われる。小夏は頻繁に匿名掲示板にアクセスして来栖愛佳の悪口を書き込んでいた。もうひとり、こちらは連続絞殺事件とは別件の被害者だが、江東区看護師殺害の被害者、下山祐実もagentアプリの利用者であり、祐実が攻撃していたアバターの名前は“リセ”。祐実を殺害した玉置理世のことだろう』
芹沢小夏は来栖愛佳(アイカ)を、下山祐実は玉置理世(リセ)をゲームの中で殺していた。奇しくも小夏は連続絞殺事件の被害者となり、祐実はゲームの中で殺していた理世に、現実世界で殺されている。
『芹沢小夏と下山祐実の使い道が不明な十万の謎も受付フォームの下二つの項目を見れば明らかだ』
下二つの項目は依頼料金の説明だ。
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15.ご依頼メッセージ送信後、3週間以内に現金で10万円の依頼料を頂きます。
3週間以内に10万円の用意は可能ですか?
16.ご依頼メッセージ送信後、48時間以内に依頼料の入金方法のメッセージがアプリ内に届きます。
入金の確認後、遅くとも3ヶ月以内には代行依頼を遂行致します。
依頼人の安全とアリバイ確保のため決行日は伏せさせていただきます。
代行を終えた暁にはエイジェントからアプリ内にメッセージが届きますのでご確認下さい。
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家族でさえも使用目的に心当たりのない芹沢小夏と下山祐実の十万円の行方もエイジェントへの殺人代行の依頼料と考えれば合点がいく。
そしておそらく、下山祐実は殺人代行のターゲットに指名した玉置理世に一足違いで殺された。エイジェントの動きが理世よりも早ければ、祐実の依頼を受けたエイジェントが理世を殺していたかもしれない。
芹沢小夏は自身が気づかないうちに依頼人から殺人代行のターゲットに移行していた。何者かが、過去3ヶ月以内に小夏の殺害をエイジェントに依頼していたとすれば、誰が依頼人?
依頼人は来栖愛佳が怪しいとの声も挙がる中、話はご依頼受付フォームの出現条件に進む。
話の主導権は上野から矢野に戻された。
『ご依頼受付フォームはどの利用者にも等しく届くものではなさそうです。受付フォームが届く条件を、プロトタイプとケース1の被験者のプレイ内容、芹沢小夏、下山祐実のプレイ内容、連続絞殺事件で被害者に恨みを持つ人間の居住地のデータを統合して導き出しました。ご依頼受付フォームの出現条件はモニターをご覧の通りです』
アプリの課金は最高額の八万円、プレイ内容の残虐性は五段階の四か五レベル、1日当たりの平均プレイ時間が60分以上、スマートフォン端末の位置情報は東京二十三区内。
プロトタイプとケース1がまったく同じ条件にも関わらず、ケース1の被験者にご依頼受付フォームが届かなかった原因は位置情報が警視庁だった点にある。
エイジェントは殺人代行の招待状を送る相手を位置情報やゲーム内容により選定していると仮説付けられた。
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