1-11
正午を過ぎても曇り空から覗く太陽の日差しは弱々しく、今日は一段と肌寒い日だった。荒川第一高校二年生の紺野萌子はサンドイッチを詰めた弁当箱を持って、剣道場と柔道場がある武道棟の外階段を駆け上がる。
外階段の最上階には先客がいた。12時35分に昼休みが開始してまだ5分、萌子よりも到着が早い彼は萌子を一瞥しても挨拶もしない。
彼女は最上階の踊り場から三段下の踏み板に腰掛けた。
「山岸くんお昼休みはいつもここにいるよね」
『悪い?』
「悪くはないけど……。ここ最初に私が見つけた場所だから、毎回先回りされて嫌だなって思っただけ」
『縄張り張ってる野良犬みたいだな』
クラスメイトの山岸勇喜は片手に持つスマートフォンから顔を上げた。口元に宿るニヒルな笑いが萌子を小馬鹿にしている。
萌子は勇喜が苦手だった。お調子者な彼は休み時間のたびに教室で男子生徒とふざけ合っている。
言動の軽薄さとは裏腹に、成績は萌子に次いで学年二位と頭は悪くない。常に学年で五番以内の成績をキープし続けていた。
「教室で皆とご飯食べないの? 山岸くんは教室で皆と騒ぎながらお昼ご飯食べてるイメージあった」
これまで萌子が昼休みを過ごしていた図書室前の階段は一年生の女子集団に占拠されてしまった。
ここに勇喜が来るようになったのは先月末。今日のように萌子が到着する前に、すでに勇喜は最上階の踊り場で寛いでいたのだ。
『昼休みくらいはひとりになりたい』
「本当にあの山岸くん? 山岸くんそっくりのアンドロイドじゃないよね?」
『ガリ勉の紺野もたまには馬鹿な発言するんだな。無理して陽キャを演じてると絶対どこかが故障する。ひとりでいる時は作り物を演じなくていいから気が楽なんだ』
彼はカバンから取り出した黒いパーカーをぐるっと丸め、寝転んだ頭の下に置いた。それが枕の代わりらしい。
「そんなこと私に言ってもいいの? 山岸くんが本当は陽キャを演じてるって言いふらすよ?」
『言いふらせるだけの友達、紺野にいたっけ?』
「やっぱり山岸くん嫌い」
『別にいいよ。俺もいじめられっ子でうじうじしてる紺野見てると苛つく』
ピコンピコンッと軽やかな音色が会話の消えた冷たい空気に流れた。さっきから勇喜のスマホが何度も鳴っている。
音の頻度からしてトークアプリのやりとりだ。
「メッセージの相手、彼女?」
『違う。姉ちゃん』
「シスコンなんだね」
『そうかも。姉ちゃんが喜ぶことはなんでもしてやりたくなるんだ。陽キャの人気者を演じるのもテストで良い点を取るのも、全部姉ちゃんがしたかったことだから。でも上手くできなくて失敗して、姉ちゃんは心を壊した』
萌子は皮肉のつもりで呟いたのに勇喜が返した言葉は予想外の内容だった。
「お姉ちゃんのために山岸くんは自分を偽って陽キャを演じてるの?」
『俺と姉ちゃんは一心同体。俺が日の光を浴びれば姉ちゃんにも同じ光を浴びせてやれる』
「あの……ごめんね。その思想は私には理解できない」
『だろうな』
周りに理解されなくても構わないと言いたげな勇喜の態度には彼女も身に覚えがある。彼は以前の萌子に似ていた。
まだ桜が咲いていたあの頃の、鬱屈とした誰にも吐き出せない想いを抱えた萌子に……。
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