2-11
──〈月曜日の切り裂きジャックついに逮捕! 犯人は十六歳の高校生〉──
11月26日月曜日の21時頃、板橋区の都営地下鉄、新板橋駅近くの路上にて挙動不審な男をパトロール中の警官が発見。
職務質問をしたところ男は刃物を所持しており、先月から相次ぐ女子児童連続切りつけ事件の犯人であると名乗り出た。
警察はその場で男を緊急逮捕。逮捕されたのは都立荒川第一高校二年生の山岸勇喜。
勇喜は今年3月から4月にかけて東京で発生した風俗店勤務の女性四人を殺害したデリヘル嬢連続殺人事件の犯人、陣内克彦の教え子だった。
彼は陣内の事件に影響を受け、デリヘル嬢連続殺人事件を模倣するつもりで犯行に及んでいたと供述している。逮捕された26日は小中学生の下校を見守る警察や保護者の厳戒態勢が強く、勇喜は日が出ている時間に犯行に及べなかった。
獲物を探すうちに夜となり、板橋区まで辿り着いた勇喜は小中学生ではなく帰宅途中の成人女性にターゲットを変更。次の犯行の機会を窺っていた。
パトロールの警官が勇喜を発見した時は、新板橋駅から出てきた女性を尾行している最中だった。
大都会に再び現れた切り裂き魔は捕まった。死亡者を出さずに警察が恐れた最悪の事態は防げたのだ。
しかし不審な点が残る。
最初の犯行の発生日時は10月22日14時。
この日の勇喜はまだ学校の授業中だ。学校側にも勇喜の出席と所在確認はとれている。
犯行があった時間に学校にいたアリバイがある勇喜は一件目の切りつけ事件の犯人ではない。さらに四件目の犯行も時間的に勇喜には不可能だ。
二件目と五件目は学校が終わった後、三件目は学校を13時に早退して犯行に及んだ。だが、一件目と四件目の犯行の話になると勇喜は口を閉ざしてしまう。
勇喜以外に別の月曜日の切り裂きジャックがいる。それも勇喜が模倣犯の方だ。
捜査本部は引き続き、月曜日の切り裂きジャック事件の捜査を進める方針を固めた。
警察が月曜日の切り裂きジャックの包囲網を敷いていた26日の夜にもうひとつ、東京都内で痛ましい事件が発生した。
中野区の東中野小学校の飼育動物殺傷事件。事件の裏に隠れた悲哀な動機は、犯人を突き止めた探偵と彼の娘だけが知る真実だ。
今もこの腐った街のどこかで犯罪は起きている。
闇は人知れず蠢き、決して消えない。
(※東中野小学校飼育動物殺傷事件は【早河シリーズ完結編 魔術師】収録のスピンオフ2 【父親奮闘記】参照)
*
11月30日(Fri)
紅椿学院高校の校舎に冷たい雨が降り注ぐ。帰りのHRを終えた生徒達は帰宅する者、部活動や委員会活動に向かう者、補習や自習室で居残り学習をする者、それぞれの放課後に向けて教室から散っていった。
高等部一年生、C組の教室にはまだ半分の生徒が居残っている。
「まいまい今日も元気なかったね」
「遊び誘っても全然乗ってこないし、つまらないよね」
和美と恵里佳の話にクラス委員の大橋雪枝は学級日誌を書く手を止めた。彼女達がまいまいと称す人物は雪枝がこの世で最も嫌いなあの女だ。
「まいまいの誕生日プレゼントの予算いくらにする?」
「去年が二万だから今年は三万。毎年、無言の圧力で金額のハードル上がるのきついなぁ」
和美と恵里佳に相槌を打つのは
「でも私達は中等部の頃から毎年まいまいにプレゼントあげてるのに、まいまいからは誕生日のプレゼントもらったこと一度もないよね?」
「きっと私達の誕生日も覚えてないよ」
「仕方ないよぉ。あの子はお姫様で私達は
「あのワガママお姫様ぶりはイラッとするけどね。可愛い私はどんなワガママも許されるのよって思ってそう」
三人の話に耳を澄ます雪枝は冷めた心で苦笑した。課題の居残りで他にもクラスメイトが教室にいるのに彼女達が堂々と、“まいまい”への不満を口にできるのは、“まいまい”への不平不満は学校全体のオフレコだからだ。
誰もがここだけの話で流す暗黙のルール。
「我慢しなよ。まいまいといると夏休みはリゾートホテルのスイートルームに泊まれるしぃ、赤坂ロイヤルホテルのデザートビュッフェやエステはタダになるしぃ、まいまいの“友達”ってだけで得することばかりだよ」
「それはわかってるけど。でも元気ないまいまい見て、ちょっといい気味って思っちゃった」
「あははっ。わかるわかる。私達はまいまいの友達って立場を上手く利用しながら付き合えばいいんじゃない?」
くだらない不満話をこれ以上聞きたくない。手早く書き終えた学級日誌を閉じて席を立った雪枝に恵里佳が気付いた。
「ねぇ、大橋さんもまいまいに誕生日プレゼントあげるんだよ。まいまいの誕生日、前に教えてあげたから知ってるよね? 予算は三万ね」
「……私も?」
「当たり前でしょ。大橋さんこそ、まいまいの奴隷なんだから」
逆らう言葉が見つからない雪枝を指差して和美が失笑する。
「大橋さんが三万出すのは無理じゃない?」
「お父様、
「その前にお小遣いもらえてるぅ?」
小馬鹿にする三人の笑いを背にして教室を後にする。職員室にいる担任教師に日誌を提出した雪枝は昇降口の外で待ち受ける憂鬱な雨に溜息をついた。
傘の花を開いて正門に向かっていた彼女に声をかけてくれたのは正門に立つ守衛だ。
彼の名前は青井。この道三十年のベテラン門番だと、以前に立ち話をした時に教えてくれた。
『雨だから足元気をつけてね』
「はい。さようなら」
青井の笑顔に見送られるとホッとする。高飛車なお嬢様達に挨拶を無視をされても青井は笑顔を絶やさず正門の前に立ち、生徒の出迎えと見送りを繰り返していた。
(青井さんみたいなイイ人がどうしてあんな学校で働いているんだろう)
心に巣食う学校への不満、舞への憎悪、親への苛立ち、九条への募る恋心。
頬を濡らす滴は雨粒に似せた涙。
悔しい、悔しい。何もかもが、どうにもならない全ての出来事が悔しくて堪らなかった。
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