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 教室の占拠は授業中の出来事だったらしい。青ざめた顔の女性教師は教室の隅に縮こまって動けない。

教室の空気は雪枝の意のままにコントロールされている。しかし教室にいるのは雪枝だけではなかった。


 動画が始まって9分が経過した時、舞の隣に雪枝以外の人間が立った。がっしりとした体格の丸刈り頭の男は雪枝と同じく銃を手に持っている。

男がカメラに向けて野太い声で叫んだ。


{──“我々は紅椿学院高校を占拠した。夏木十蔵、お前の娘の命はこちらが預かっている。ここにある物がなんだかわかるか? 爆弾だ──”}


男は抱えていたリュックの中身を開けた。箱形の黒色の物体を見せられた生徒の群衆から上がる悲鳴は男が発した「黙れ」の一言で静まった。


「爆弾は本物ですか?」

{まだはっきりとはわからない。爆発物処理班が爆弾の種類を割り出してる最中よ。この男の身元は判明してる。千葉県館山市在住のジムトレーナー、瀧本航大}


 滝本は自分から館山リゾートホテル計画反対派のリーダーだと名乗っている。警察に身元が突き止められても構わないのだろう。


 その後に続く滝本の主張を要約すると10年前の2008年、夏木十蔵が率いる夏木グループは千葉県館山市にNATSUKIリゾートの系列ホテル建設の計画を立てていた。


リゾートホテル建設予定地には多くの住宅、宿泊施設や飲食店がある。ホテル建設計画が現実となれば住民達は立ち退きを余儀なくされる。

さらにリゾートホテルだけではなく、ホテルに併設する形で大規模なショッピングモールを作る計画も持ち上がり、この計画に館山市民は猛反発。


 館山市の自然環境やそこに暮らす市民の生活がリゾートホテルとショッピングモールによって奪われてしまう危機を感じた滝本をリーダーに据えたリゾートホテル開発反対派が組織された。


夏木グループとリゾートホテル計画反対派は真っ向から対立。当初はどちらつかずな当時の館山市長も最終的には収益が見込める夏木グループのホテル計画事業に加担した。


 そうしてある時、反対派のメンバーが経営する飲食店や宿泊施設の客足が途絶えていく。シーズンオフならいざ知れず、海水浴シーズンにも宿泊施設の予約は埋まらない。


反対派メンバーが独自に調査した結果、判明した衝撃の事実。夏木グループ側の人間が反対派メンバーの経営する飲食店や宿泊施設を名指ししてわざと評判を落とす噂をインターネットの口コミサイトや匿名掲示板に書き込んでいた。


 飲食店を名指しする書き込みには料理に虫や髪の毛が入っていた、宿泊施設の書き込みには部屋が掃除されていない、接客態度が悪い等、ありもしない悪い噂を吹聴し、客足を遠のかせて経営難に追い込む卑劣なやり口だ。


夏木グループは強引な手段で住民を立ち退かせ、飲食店や宿泊施設の多くの経営者が店を畳んだ。

館山市民の反対も虚しく、ショッピングモールは2014年10月、リゾートホテルは2015年7月に開業した。


 これが動画タイトルにもあるシーグラス館山の真実と夏木親子の醜聞。犯人グループにはリゾートホテル計画反対派メンバーの人間が数名、加わっている。


 爆発までのタイムリミットは今日の16時。それまでに夏木十蔵が娘が犯したいじめと強制的なリゾートホテル建設についての謝罪会見をしなければ、夏木舞だけでなく紅椿学院高校にいる全員を道ずれに爆弾を爆破させると滝本は述べた。

自爆も覚悟の最悪な学校立てこもり事件だ。


{紅椿学院の近くの小学校を借りて対策本部を設置するから。二人ともそこに来て}

「主任、この事件の捜査は私が参加しても大丈夫でしょうか? 例のプライベートの問題があって公安から私は夏木コーポレーションの人間との接触は禁じられています」

{問題ないよ。一課長が捜査に復帰できるよう公安に取り計らってくれたの。あなたも九条くんと一緒に参加して欲しい}


 対策本部は港区四丁目の隣、港区二丁目の小学校。

真紀との通話が終了しても九条は顔を伏せたまま無言だ。彼はまだ犯人グループ側に雪枝がいる現実を受け止めきれていない。


「九条くん、運転できそう? 代わろうか?」

『……平気。落ち込んでる場合じゃねぇな。首都高で一気に行くぞ』


 車の上部にセットしたサイレンが発進と同時に赤く唸る。池袋から首都高に乗って二人は港区を目指した。


「雪枝ちゃんがいじめられているとは感じていたけど、いじめていたのが舞ちゃんだったのね」

『夏木舞とは前に会ってるんだろ? パパ活して同級生いじめて、俺は夏木舞には最悪なイメージしかないが、どんな子だ?』

「会ったのも一度きりだから人柄を語れるほど舞ちゃんのことは知らない。けど舞ちゃんの兄や同居してるあの人も舞ちゃんのワガママには手こずってるみたいだった」


舞の同居人の呼称はあえて出さない。あの告発動画は拡散を続けている。今頃、パニックに陥った夏木コーポレーションの社内で木崎愁も対応に追われているだろう。


 サイレンを鳴らして首都高を駆ける警察車両に、煽り運転を仕掛ける馬鹿者も行く手をはばむ馬鹿者もいない。美夜達は豊島区から20分弱で目的の港区に到着した。

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