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 動画のタイトルは〈NATSUKIリゾートシーグラス館山たてやまの真実と夏木親子の醜聞しゅうぶん〉。


「赤坂ロイヤルホテルや銀座のセイクリッドホテルが夏木グループ傘下のホテルなのは認知していましたが、館山にも作っていたんですね」

{私も館山にまでホテルがあるのは知らなかったよ。NATSUKIリゾートは夏木グループが運営するリゾートホテルチェーンの総称で、国内のリゾート観光地を中心に建設されたリゾートホテルのひとつが、千葉県館山市のシーグラス館山}


 パーキングメーターの手続きを終えて車内に戻ってきた九条の着席を確認し、美夜は動画の再生ボタンを押した。


 グレーの床に白い壁面の明るい教室は黒板側の前方部分が広く開けている。後方に寄せ集められた座席では何人もの女子生徒が机に顔を伏せたり、涙を流してうつむいていた。


開けた教室の前方部分、教卓の隣に椅子がひとつ置かれている。そこに座る茶色いロングヘアの少女は身体を椅子に縛り付けられ、泣いていた。

涙を流して怯える少女は夏木舞だ。舞の隣には同じ制服を着た黒髪の少女が立っている。


 美夜と九条は顔を見合わせた。見覚えのあるもうひとりの少女は、一般の人間が持つべきではない物を右手に所持していた。拳銃だ。


『雪枝ちゃん……』

{九条くん、舞の隣にいる子を知ってるの?}

『……はい。名前は大橋雪枝、紅椿学院高校の一年生です。彼女とはプライベートで交流があります』


 大橋雪枝は拘束した夏木舞に拳銃を突き付けている。

何が何だか、美夜も九条も顔面蒼白で動画を凝視した。再生時間が1分を過ぎた頃、ようやく雪枝の声が聞こえてくる。


{“──ほら、カメラ回ってるよ。目立ちたがり屋の夏木さんをせっかく撮影して配信してあげてるんだから、もっと喋ってよ”──}

{“──ゆきちゃ……ん。お願い……離して……──”}

{“──ダメ。これからあなたとあなたのお父さんの罪を暴く楽しい儀式が始まる。私、この日を待ちわびていたの。今日誕生日だよね? 最高の誕生日プレゼントでしょう?──”}


泣いて懇願する舞を見下ろす雪枝は銃を手にして笑い狂う。これが現在の紅椿学院高校で起きている惨状だ。


『これは……俺が知っている雪枝ちゃんではないです。あの子がこんなことを……』

{落ち着きなさい。大橋雪枝の情報を出来る限り詳しく教えて}

「……すみません、主任。九条くんが今は話せる状態ではなくて……。私が知ってることを九条くんに代わってお話します」


 頭を抱えて激しく動揺する九条に代わって美夜が、春に九条が遭遇した雪枝の万引き未遂を語る。

その縁で九条がたびたび雪枝を気にかけてプライベートで顔を合わせていたこと、10月には学校を無断でサボろうとして九条が学校まで送り届けた件や雪枝が学校でいじめを受けていると感じた美夜と九条の見解も話した。


話の途中ですがるように握られた片手。美夜の手を掴む九条の大きな手は震えていた。


{九条くんと雪枝の関係はわかった。念のために確認だけど……九条くん? 聞こえてるなら返事して}

『……はい』

{雪枝に対して、警察官や保護者の立場を越えた個人的な感情や、嫌な質問だけど性的な関係はないのよね?}

『ありません。彼女との付き合いで警察官の立場を逸脱するような行いは一度もしていません。ただ……雪枝ちゃんは、その……俺とは違ったみたいで。俺が悪いんです。あの子に好意を抱かせるような言動を無意識にしてしまっていたのかもしれません』


 九条がそのつもりはなくとも雪枝は九条を男として意識していた。ありがちな話ではあるが、スピーカーの向こうで真紀は唸っている。


 タブレット端末から流れ続ける教室の動画。雪枝は舞以外のクラスメイトに夏木舞の姿を静止画や動画で撮影するよう指示、生徒達が撮影した舞の写真と動画は生徒のSNSアカウントで拡散しろと命令した。


雪枝は銃を所持している。従わなければ自分が殺される恐怖に怯えた生徒達の手が次々とスマートフォンを手にし、一斉にスマホのカメラを夏木舞に向けた。


{“──やだ……。やめて皆! 撮らないで! 撮らないでぇっ!──”}


 舞の悲痛な叫びに重なって聞こえたカメラのシャッター音。椅子に縛られた惨めな姿をクラスメイトに撮影された舞の恥辱ちじょくは想像を絶する。


{“──やめて……かずみん達も酷いよ……助けてよ……──”}

{“──ごめんね。まいまい……。だって……──”}

{“──私達、死にたくないよぉ──”}

{“──まいまいが大橋さんいじめるからこんなことになるんだよ……──”}


 涙でアイメイクが落ちた顔をぐしゃぐしゃにしてむせび泣く舞と友人の会話は残酷だ。舞の心情を思うと心が痛む。


椅子に縛り付けて拘束された同級生を友人の手でSNSに晒し者にする。雪枝の屈折した感情がここまでさせたのか、それとも第三者の入れ知恵か。


 富裕層にも貧乏人にもSNSサービスは等しく提供される。このご時世にSNSアカウントを持たない高校生がいるはずもない。

動画を流す端末とは別のタブレット端末で検索した結果、紅椿学院高校の生徒らしき数名のツイッターアカウントが舞の写真と動画を載せていた。


 写真や動画の投稿に綴られた文字は雪枝が黒板に書き記した言葉と一言一句同じ。


〈我々は紅椿学院高校をジャックした。同級生をいじめている夏木舞と、父親の夏木グループ会長、夏木十蔵の罪をここに暴く〉


つけられたハッシュタグは〈#紅椿学院高校立てこもり〉〈#館山リゾートホテル開発問題〉。すべて雪枝が黒板に書いた通りの内容だった。

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