プロローグ

プロローグ

 青空に飛翔する飛行機を見上げていた七菜果ななかは波を揺らす強風に身震いして両腕をさすった。七菜果の隣に立つ晃太郎こうたろうはくしゃみが止まらず、彼女から受け取ったティッシュで鼻をかむ。


「やっぱり11月になると海は寒いね」

『だから寒いよって言ったんだ。こんな所にずっといたら風邪引くぞ』

「だって冬の海来てみたかったんだもん。ねぇねぇ、11月って冬?」

『まだ秋じゃねぇの? 立冬りっとうからが冬だって、前にクイズ番組で言ってた』

「立冬って何日?」

『えーっと、11月になって1週間経った辺り』

「今日は11月10日だよ。じゃあもう冬でいいじゃんっ」


 11月は秋か冬か。そんな些細な話題を楽しめるのは十代のカップルの特権。


「配信で観た昔のドラマでね、最終回でやっと両想いになった主人公カップルが砂浜に相合傘書いてたの。こうやって……」


 木の枝を使って砂浜に描かれた〈こうたろう・ななか〉の相合傘を見下ろした晃太郎は、溜息をついて笑った。七菜果の可愛らしい丸文字は砂浜の上でも健在だ。


『それやるためにさっきの公園で木の枝拾ってたのかよ』

「へへっ。こうくんこっち見てー。写真撮るよ。この辺なら相合傘写る?」

『相合傘も写すなら位置的にもうちょっとこっち』


 腕を引っ張られた拍子に七菜果の身体は晃太郎の腕の中へ。見つめ合って瞳をそらしてまた見つめ合う。

表面を重ねただけの唇はすぐに離れ、ふたつとも照れ笑いの形になった。


 波の音に紛れてスマートフォンがシャッター音を響かせる。撮った写真はすぐさま、七菜果のインスタグラムに投稿された。


 動画配信サービスを利用して初めて視聴したドラマは七菜果達が生まれる前の1990年代前半のトレンディドラマだった。

ドラマに影響された七菜果が海でやりたかったこと、ひとつ目は砂浜の相合傘、ふたつ目は砂浜を手を繋いで歩くこと。


11月の浜辺に彼ら以外の人気ひとけはない。押し寄せる波がまた風に揺れていた。


『あーあ。テストも受験もたるいなぁ』

「勉強は嫌だけど大学は楽しみ。来年もまた晃くんと一緒にここに来たいな」

『大学入ってイケメンの先輩に目移りすんなよ』

「晃くんこそ、色っぽい女の先輩に浮気しちゃダメだよ?」

『大丈夫。俺は一生、七菜しか愛さないから』


 少年と少女は今の感情が泡沫うたかたの魔法と知らない。来年の今頃、砂浜に書き込まれる相合傘の相手は互いに別の人かもしれない。


子どもは平気で永遠を口にするが、大人は永遠の約束がありえないと思い知っている。

それでも来年も一緒にいたいと望む恋心は子どもも大人も変わらない。


 冬の砂浜に二人分の足跡が刻まれる。スニーカーに砂粒を付着させながら浜辺の先端まで来た七菜果は、波打ち際に横たわる塊を見つけた。


「あれ何かな?」

『どこ?』

「あれだよあれ。あそこに白い物が落ちてる」


 晃太郎も七菜果の指差す先にある物体を確認する。白い塊は貝殻にしては大きくて細長い。

ペットボトルやビニール袋でもなければ、魚でもない。


七菜果と手を離した晃太郎は波打ち際に近付いた。湿り気のある砂の上を歩いて塊の側まで来た彼は、恐る恐る塊に手を伸ばす。


 晃太郎が持ち上げた白い塊を七菜果はどこかで見た気がした。一瞬で甦った記憶のスナップ写真は中学生まで遡る。

スナップ写真の光景は二つ。曾祖母そうそぼの葬式の場面と理科室の人体模型。

二つの記憶に共通するのは……。


「それってもしかして……人の骨っ……」

『うわぁっ!』


 七菜果が口にした正体に驚いた晃太郎は手にした塊と共に、波で濡れた砂浜に盛大に尻餅をついた。彼と一緒に砂浜に埋もれた白い塊は紛れもなく、人の骨だった。



プロローグ END

→Act1.徒花恋歌 に続く

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