3-19

 舞の気迫に雪枝はたじろいだ。

いじめていた者といじめられていた者、舞を追い込んで雪枝は形勢逆転に酔いしれていた。それが間違った勝ち方だと知らずに舞に勝ったと思い込んで。


「私は悪くない。私は間違ったことは言ってないっ!」

「雪枝ちゃんは間違ってはないよ。掃除をやらなかった舞ちゃんが悪い、舞ちゃんがそれで雪枝ちゃんをいじめていい理由にもならない。だけど雪枝ちゃんは自分が舞ちゃんから受けた苦しみ以上の仕返しをしてしまった。あなたの舞ちゃんへの恨みが結果的に無関係な人の命を奪ってしまった。気付いてる?」

「……命……?」


 やはり雪枝は。ここから先、美夜が告げる現実を雪枝は受け止められるだろうか。


「あなたの仲間達が学校に侵入した時に守衛が銃で撃たれて亡くなってる」

「守衛って……青井さんが……?」


隔離された教室の外で起きていた殺人事件を初めて知った少女達のか細い悲鳴が方々からあがった。部屋の片隅で縮こまる女性教師は驚愕の表情を両手で覆った。


「嘘だよね? 青井さんイイ人だったのに……いつも私に挨拶してくれた優しくてイイ人だったよ……? 死んじゃったの……?」


 この教室内にいる何人の生徒が守衛の名前や顔を正しく認知していたかは定かではない。そもそも生徒は門番の名前や顔などいちいち気にもしないものだ。


美夜は守衛としか口にしていない。けれど雪枝は、殺害された守衛の名前を知っていた。

守衛の青井と雪枝の片時かたときの交流が窺える。


「嘘じゃない。あなた達の仲間だった巻田はトイレに盗撮目的のカメラを仕掛けようとしていた。ヤクザの二次団体に属している吉井って男は騒ぎに乗じて生徒をトイレに連れ込んで乱暴しようとした。現場を刑事が取り押さえて未遂で済んだけれど、発見が遅ければ生徒がレイプされていたのよ」


 C棟の強姦未遂事件も巻田の盗撮行為も現状で確認されている事実。A棟四階で水穂が起こした巻田殺害の件もいずれ知ることになる。


「ねぇ知佳ちゃん……? 私そんなの聞いてないよ? 守衛さんは気絶させるだけだって……盗撮のカメラって何? 生徒に乱暴って……ヤクザの二次団体って何……?」


 震える雪枝は退屈そうに佇む傍観者に問いかける。美夜達が1年C組の教室に入室した時も今も、一言も言葉を発しない存在がそこにいた。


無言の傍観者の挙動を美夜は一瞬足りとも逃さず視界に捕らえ続ける。締めきったカーテンの窓際には河原水穂が暗に名指しした“あの子”が立っていた。


「雪枝ちゃんは利用されてる。河原水穂は私にそう言った。雪枝ちゃんの舞ちゃんへの復讐心を利用したのは宮島知佳、あなたなの?」

「……あんた、うざったいなぁ。あんたみたいな頭良さそうな美人は私が最悪に嫌いな人種なんだ」


 無言の傍観者こと宮島知佳は舌打ちしをした後、この世の物事すべてを憎悪する眼差しで美夜を睨んだ。


「女子校をジャックすれば発情した雄がめちゃくちゃやらかすだろうとは思ってた。雪枝には言わなかったけど、梶浦と吉井はここにいる皆の前で夏木舞をレイプして、その動画を晒せばいいと言ってたの。さすがにやりすぎだって滝本さんに止められていたけどね。私もこのお嬢様を椅子に縛り付けておくだけじゃ生ぬるいなぁって思ったよ?」


 自爆覚悟の滝本も、女の尊厳を平気で踏みにじるほど人格は破綻していない。犯人グループの中でもリゾートホテル計画反対派メンバーにはまだ、ひと欠片の良心が残っていた。


B棟をジャックして教師達をB棟内のカフェテリアで拘束していたペンション元経営者の新堂夫妻と喫茶店元経営者の安西は、カフェテリア内のウォーターサーバーの水を人質の教師達に飲ませ、トイレの要求にも応じていた。


 リゾートホテル計画反対派メンバーが憎むべきは夏木十蔵と夏木コーポレーション。

人質一四〇〇人を爆破の道ずれにはしようとしたが、それも彼らの本意ではない。無関係な教師や生徒をリゾートホテル計画反対派メンバーの彼らは傷付けていなかった。


その証拠に守衛を殺したのも強姦未遂を起こしたのもヤクザの端くれの梶浦と吉井、盗撮行為は夏木コーポレーション元社員の巻田、 その巻田は水穂が殺害した。


 校内で何かしらの事件を起こした者達は全員、館山リゾートホテル計画とは無縁の者達だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る