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 美夜と九条が所属する小山班は月曜日の切り裂きジャック対策本部に加わってはいない。

だが現在抱えている案件がない美夜達もこうしてパトロールに出ていた。割り当てられた地域は墨田区だったが、月曜日の切り裂きジャックは隣の荒川区に出現した。


「集団下校の盲点はそれぞれの家に帰る時は必ずひとりになる点よね。付き添いの保護者や地域のボランティアもすべての児童の帰宅を最後まで見守れるわけじゃない」

『犯人はそこを狙ってやがるよな』


 学校側が集団下校の対策をしても、警察がパトロールを強化しても防げなかった四件目の犯行。荒川区、北区、文京区、そしてまた荒川区……四件とも被害が城北エリアに集中している。


一度犯行を行った区域での二度目の犯行はないと言い切った犯罪心理学のプロファイリングも、今回の事件が一件目と同様の荒川区だったことで覆された。


『21世紀の切り裂きジャックの模倣犯じゃないかって説、どう思う?』

「有り得ない話ではないかな。ひとりがやれば次は三人が真似る。人から人へ、悪事は感染する。テレビもSNSも春はあの事件の話題で持ちきりだった。事件を知った人間が触発されて同じような犯行を犯しても不思議ではないよ」


 今年の3月から4月にかけて起きたデリヘル嬢連続殺人事件の犯人はマスコミやSNS上では21世紀の切り裂きジャックと呼ばれ、一部の人間に持てはやされていた。


女児連続切りつけ魔である月曜日の切り裂きジャックの呼び名は犯行の性質の類似性から21世紀の切り裂きジャックが起源だ。


 半年後に現れた二人目の切り裂きジャックの犯行の残虐さは回を重ねるごとにエスカレートしている。服の切り裂きでは衝動が収まらず、四件目の今回は児童の足を狙って切りつけていた。

ここで犯行を食い止めなければ、いずれは殺人や強姦に発展する危険を孕む陰鬱な事件だ。


 鎮火しつつあった21世紀の切り裂きジャックの話題も月曜日の切り裂きジャックの出現で再びワイドショーやネットで蒸し返されている。デリヘル嬢連続殺人の犯人は美夜にとって顔も名前も思い出したくない相手だった。


 九条のスマートフォンにパトロールを終えて警視庁に戻るようにと上司の指示が入る。荒川区で犯行を終えて逃走した犯人の捜索は続けられているが、美夜と九条がいる墨田区内におそらく犯人はいない。


『さっきの話の続きしていい?』

「何の話?」

『とぼけるな。避妊もしない、家に忘れ物はするくせにその後の連絡もシカトするような最低な奴だとわかっていて、なんで誕生日の夜に会ったりしたんだ?』


 何故と聞かれたら、誕生日の夜に愁が訪ねてきたからだとしか答えはない。けれどそれでは愁だけに責任を押し付ける形になる。


大学の友人が恋愛は共犯関係だと言っていた。何があっても責任は二人分。

出会いも喧嘩も別れも、責任は常に両者にある。


「誕生日の夜に会う約束してたから、私も彼が来てくれるのを待ってた。自分勝手な人だとわかっていたけど、彼が連絡を無視する理由は理解できる。それが二人にとっての最善策だってこともね。連絡を断つくらいなら煙草を私の家に置いていかなければいいのにって、腹が立ってるだけよ」

『深入りするつもりはねぇけど事情が全然わかんねぇ。最善策ってどういうこと?』

「これ以上関わりを持ってはダメなの。好きになってはいけない存在の人だった。そういうことよ」

『まさかその男、既婚者? 大丈夫か?』


 確かにこれまでの美夜の言い方では事情を知らない第三者には不倫の恋に捉えられても仕方ない。刑事が絶対に恋愛対象としてはならない存在……木崎愁は人殺しだ。


「既婚者ではない……と思う。そういう類いのじゃないよ。私とあの人の住む世界が違うだけ」


 先月の大学生連続殺人事件の最後の被害者、伊吹いぶき大和やまとを殺した犯人は美夜だけが知っている。大和だけが銃殺の点から、捜査一課は組織犯罪対策部と連携して大和の殺人事件の捜査を継続していた。


 大和を殺した犯人が木崎愁だと知っているのにそれを上司にも相棒の九条にも報告できない。刑事ならば真っ先に愁の両手に手錠をかけるべきだと頭ではわかっている。


犯罪者を庇う自分は警察官を名乗る資格もない。九条や上司の顔を見るたびに彼らへの裏切りに心がきしんだ。


 うじうじと悩む自身に失望する毎日は終わりにしたい。もう、愁の件で頭を悩まされるのはこりごりだ。


 あの男は刑事である自分が交わってはいけない人。

この恋は決して叶えてはいけない。

永遠に実らない、徒花あだばなの恋の花。


愛した男が人殺しだった。

ただ……それだけ。

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