1‐2

「九条くんはちゃんと避妊するタイプだよね」

『はっ? いきなり何を……』

「思春期真っ只中でもあるまいし、今さら顔赤くする話でもないでしょ」

『お前とそういう話をするのはなんか、むず痒いんだよ』


 突如振られた話題に九条は耳まで真っ赤にしてたい焼きを咀嚼する。たい焼きを綺麗に完食した彼はひとつ咳払いをした。


『神田が思ってるほど俺はちゃんとした男じゃない』

「そうなの?」

『白状すると高校の時は欲のままに突っ走ってた。高校二年の時の彼女も同い年で、二人とも初めてでさ。外出しすれば大丈夫だろって思い込んで……。妊娠が女の身体や人生を変える大変なことだなんて考えもしない無知な子どもだったんだ』


 高校生の妊娠中絶はいつの時代も問題視されている。性に興味津々な高校生が間違った避妊の知識で事を行った結果の望まない妊娠。


九条の昔話にもあるように避妊具なしでも膣外射精なら妊娠しないと言う思い込みは、大人になるとわかる幼稚な浅はかさ。


『神田がそういう話題出すってことは彼氏と……?』

「付き合ってとは言われてないから彼氏ではない」

『大人の恋愛は言葉がなくても始まるものだ』

「メロドロマみたいなセリフ言わないでよ。まさかそうなるとは思わなかった……なんて言い訳だね。心のどこかで誕生日の夜に彼とそうなるかもしれないって期待はしてた」


 世の中には様々なハラスメントがある。

妊娠した社員への嫌味な暴言や、いじめ同然の仕打ち行うをマタニティハラスメントの加害者は、実は男性以上に同性が多いと聞く。


 育休明けで職場復帰した時には失っている自分の居場所、消失するキャリア、育児ノイローゼに保育園の待機児童問題やママ友との交流。


妊娠しても、しなくても、授かっても流産、死産、五体満足で生まれてくるとも限らない。

結局どの選択をしても女は生き辛い。無論、男には男の生き辛さがあるが、毎月の生理も含めて身体的に抱える負担や性交渉に潜む不安は圧倒的に男よりも女が多い。


 子どもはいらない、妊娠もしたくない。

けれど盛りのついた獣同然に行った考えなしの性交渉。二人の間に愛があれば……なんて綺麗事だ。

自分がここまで馬鹿な人間だとは思わなかった。


「後先考えずにやることやって生理が来てホッとして、二十八にもなって馬鹿みたいだよね」

『俺は馬鹿とは思わないな。女として普通の感情の揺らぎじゃないのか?』

「その普通に自分が当てはまるとは思わなかったんだよ」

『散々見下してきた恋愛脳の女達と自分が同じだと知ってショック受けてる?』

「見下してきてはいないと思うけど……、でも確かに恋愛に夢中な友達を冷めた目で見ていた節はあった」


 真夜中の楽園から目覚めた朝の景色に木崎愁はいなかった。彼が忘れていった煙草の箱はそのまま家で保管している。


愁は何のために煙草を置いていったのだろう。単に忘れただけかもしれない。

あの一夜のように煙草の忘れ物も意味のない行為?


 箱には煙草が二本残っていた。煙草の賞味期限なんて知らないが、とっくに吸えなくなっている。

ゴミ同然の物をいつまでも捨てられない女も、二本だけ残した煙草を置いていく男もどちらも女々しい。


「男が部屋に自分の持ち物を置き忘れる心理って何?」

『わざとの場合は、忘れ物あるけどって女から連絡してくるのを待ってるんじゃねぇの?』

「その連絡をしてもシカトされてる場合は?」

『それはもう最低……だよな』

「あの人が最低なのはわかってる」

『なんでそんな奴と……』


 二人の話に割り込んだのは警察車両の無線連絡だ。

10分前、荒川区内の小学校の通学路付近で下校中の小学生の女児が男にナイフで切り付けられた。女児の怪我は軽症、男は徒歩で日暮里にっぽり駅方面に逃走した。


『今週も出たか。月曜日の切り裂きジャック』

「春の時と同じでマスコミもつくづく嫌な呼び名をつけるよね」


 警視庁は先月から毎週月曜日に発生している女児連続切りつけ事件でせわしない。


 事件の発端は先月22日月曜日、荒川区内の小学校の通学路でひとりで下校中の小学一年生の女子児童が通りすがりの男にスカートの裾を切られた。


 二件目の犯行は1週間後の10月29日月曜日。北区の中学一年生が同じように通りすがりの男に服の上から腕を切られた。

三件目もやはり月曜日の11月5日。被害者は文京区の小学三年生。そして今日、一件目と同じ荒川区で四件目の犯行が起きた。


 過去三件はいずれも女子児童がひとりで下校中に通りすがりの男に切りつけられている。犯行時間は14時台や15時台、17時台とバラバラではあるが小学生と中学生の下校の時間帯だ。


 一件目と三件目の被害者は男に服や足を切られた恐怖で放心状態となり、二人とも犯人の顔は覚えていなかった。


二件目の被害者の女子中学生は犯人は若い男で、服装は上半身が黒のパーカー、下半身はスエット。


パーカーのフードを被っていたことは記憶していても、どの被害者も切りつけの精神的なショックで記憶が曖昧となり、似顔絵やモンタージュが作れるほどの手がかりは得られなかった。


 警察は地域のパトロールを強化。月曜日の切り裂きジャック対策本部のメンバー以外にも各警察署の生活安全課と、刑事課で手が空いている刑事達も月曜日の下校時間帯には都内の小中学校の通学路を見回り、不審者の出現に目を光らせる。


 東京都内すべての小学校に月曜日の集団下校を呼び掛け、中学生には月曜日はなるべく二人以上で下校するよう中学校側に生徒への指導を要請。

先月末から都内の多くの小中学校で月曜日を集団下校とする対策がとられていた。

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