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 警視庁に戻る道中で再び上司の小山真紀から美夜のスマートフォンに連絡が来た。要件は土曜日に発見された身元不明の人骨について少々厄介な結果になったとだけ伝えられた。

詳しくは美夜と九条が戻り次第、会議を行うと早口に告げて真紀は早々に通話を終えてしまう。


「主任、珍しく焦ってるみたいだった。厄介な結果って何だろう……」

『土曜の人骨発見って城南島で高校生のカップルが見つけたアレか』


 11月10日土曜日14時頃、東京都大田区の城南島じょうなんじま海浜公園に来ていた高校生の男女が浜辺で人の骨らしき異物を発見、その場で警察に通報した。

城南島を管轄する東京湾岸警察署の署員が現場に駆けつけ、砂粒まみれの骨を回収。


少年少女は自分達がここに到着した時は浜辺には誰もいなかったと証言した。辺りを探しても同様の異物はなく、何らかの事象によって海を漂流していた骨が海浜公園の浜辺に流れついたようだ。


「見つかったのは上腕骨じょうわんこつだったかな……。ここ数ヶ月以内に捜索願いの届けが出ていた人間のDNAと片っ端から照合して、さっき結果が出たらしい」

『会議ってことは、判明した身元が相当まずい奴だったんじゃないか?』


 火葬された骨はDNAが消滅しているが、見つかった人骨は火葬を施されていなかった。

湾岸署は変死体の一部として警視庁に報告。この件は湾岸署を離れて警視庁と科捜研に捜査権が移っている。


 早く戻れとの指示だ。悠長に渋滞に巻き込まれている場合ではない。

警察車両に取り付けたサイレンを鳴らしながら車と車の隙間をすり抜け、二人は警視庁に帰還した。


 休む暇もなく移動した会議室に集うメンバーは捜査一課長の上野恭一郎、小山真紀と杉浦誠、そして科捜研の職員と何故か組織犯罪対策部の百瀬ももせ警部、渋谷警察署から刑事が二人列席している。


 科捜研の職員が人骨の鑑定結果を読み上げた。城南島海浜公園の浜辺に打ち上げられていた上腕骨の身元は雨宮冬悟、フラワー空間デザインを専門とするアスターカンパニーの社長だ。


(雨宮……その名前どこかで……)


続く雨宮の家柄の説明は簡潔に済まされたが、その説明だけで美夜が思い出すには充分だった。


 京都の名門華道一族、雨宮家の東京分家長男が雨宮冬悟。夏にインスタグラマー殺人事件の捜査で訪れた日本橋の美術館、アクアドリームのプロデュースをしたのはフラワーデザイナーの雨宮蘭子。


あの時に入手したアクアドリームのリーフレットで美夜は蘭子の名を目にしていた。雨宮冬悟と蘭子は親戚同士となる。


 雨宮冬悟失踪の経緯が渋谷警察署の署員から説明された。

雨宮冬悟には妻、理英と高校三年生の娘、中学一年生の息子がいる。妻子とは別居中の雨宮は渋谷区の高級賃貸マンションを借りてひとりで生活していた。


 10月22日、月曜日。

雨宮理英はアスターカンパニーの専務から、雨宮が22日の午後になっても出社していないと連絡を受けた。雨宮のスマートフォンは電源が入っておらず繋がらない。

彼女は22日の夜に夫が借りている渋谷区広尾のマンションを訪れたが留守だった。


雨宮にはふらっと海外に出掛ける癖があるが、パスポートやキャリーケースなどの旅行用品は自宅にあり、作りおきのサーモンマリネが冷蔵庫に入っていた。


 23日になっても雨宮は出社しなかった。理英にも会社の幹部にも雨宮からの連絡はない。

理英は10月24日に雨宮の自宅最寄りの渋谷警察署に捜索願いを提出。

渋谷署の捜査により、雨宮と音信不通になる前日、10月21日の彼の行動が明らかとなる。


 雨宮は21日の20時半頃まで取引先の社長と神楽坂で食事をしていた。取引先の社長は雨宮とは同じタクシーを使って帰宅したが、先に下車したので雨宮がどこで降りたかはわからないと語った。


渋谷署は今度は雨宮が利用したタクシー会社の運転手に事情を訊ねる。運転手は千代田区の岩本町付近で雨宮を降ろしたと証言した。下車時刻は21時半過ぎ。

そこから雨宮冬悟の姿を目撃した者はいない。


 27日には雨宮が銀行の貸金庫を借りていたことが発覚。妻、理英の立ち会いの下で貸金庫を解錠。

金庫に入っていたのはUSBメモリだった。


理英の承諾を得て渋谷署はUSBの中身を閲覧。記録されていたデータは雨宮と十代と思われる少女の性交を映した動画だった。


 動画の少女に心当たりはないと言うが、理英は錯乱状態に。

夫と少女の不貞行為の動画を見せられて錯乱するのは当然としても、理英の怯えた様子は異常だったと渋谷警察署の刑事は主観を口にした。


雨宮が未成年の少女とわいせつな行為をしていたのなら児童買春罪や淫行いんこう罪となる。犯罪の証拠である動画を貸金庫に預けていた雨宮の意図は不可解ではあるものの、警察が少女の身元の追及に乗り出した矢先。


 10月28日に理英から捜査願いの取り下げが代理人を通して伝えられた。捜索願が取り下げられた以上、警察としては雨宮の捜索はできない。

しかし雨宮の犯罪行為は見過ごせない。このまま雨宮失踪の案件から手を引くことはできないと判断した渋谷警察署の署長は、11月初旬に友人の上野恭一郎にこの件を相談した。


 雨宮冬悟の骨が城南島海浜公園で見つかったのは、渋谷警察署から上野一課長が雨宮冬悟失踪事件を預かった直後だった。

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