1-5
組織犯罪対策部の百瀬警部が渋谷警察署から話を引き継いだ。
『雨宮は和田組傘下の松尾会と金で揉めていた。事業を広げるために松尾会に金で便宜を図ってもらっていたようだが、その支払いが滞っていた。松尾会の連中を引っ張って調べているが、雨宮の行方は知らないの一点張りだ』
組対の警部がこの会議に出席した理由にようやく合点がいった。雨宮が松尾会のヤクザに始末された可能性も捨てきれない。
けれど松尾会が雨宮をみすみす殺すとも思えなかった。百瀬警部の話によれば松尾会が雨宮に融通した金は回収できていないと言う。
殺すなら金を回収してから殺すはずだ。
押収したUSBメモリの雨宮と少女の動画が会議室の大型化モニターに映される。先月の
雨宮には高校生の娘がいる。自分の娘と同じ年頃の少女と裸で交われる雨宮の感覚は正常とは言い難い。
裸の少女の顔がモニターに映った。雨宮から舞ちゃんと呼ばれた少女は雨宮の身体に跨がって腰を振っていた。
美夜だけが少女の顔と名前に反応を見せる。
「この子……」
『神田、少女に見覚えがあるのか?』
上野に問われてもすぐには返答ができなかった。混乱と困惑、二つの感情が渦巻く美夜に会議室にいる全員の視線が集まる。
「……もう一度、少女の顔を確認させてください。少女の顔を拡大できますか?」
美夜の要求でモニターには少女の顔が大きく映された。丸くて大きな目元に反して薄い唇、卵形の輪郭、背中の中間まである茶色い髪、どの要素も彼女に似ている。
「私が知っている女の子と似ています。私も一度しか会ったことがないので断定はできませんが……」
『構わない。思ったことを話してみろ』
上野に促されて美夜は覚悟を決めた。少女の素性を話せば、おそらくこの場で話さざるを得なくなる。……愁とのことを。
「少女の名前は夏木舞、夏木コーポレーションの夏木会長の娘です」
会議室は静かだった。上野も真紀も百瀬もしかめ面で口を閉じている。
重たい空気に戸惑いの表情を浮かべるのは科捜研の職員と渋谷署の二人の刑事、美夜の隣にいる九条だけだった。
真紀が美夜に視線を向ける。
「神田さん、これはあなたのプライベートに踏み込む質問になるけど、いい?」
「はい」
「夏木会長の娘とどこで、どうやって知り合ったの?」
「……知人が夏木コーポレーションの会長秘書をしているんです。その人は夏木舞と彼女の兄と三人で同じ家に同居していて、その人の家を訪問した時に夏木舞と兄に会いました。舞と会ったのはその一度きりです」
嘘はついていない。ある一点を除いてすべて真実だ。
知人と言う便利な単語でオブラートに包んだ愁との関係。その知人が肉体関係を持った仲であることは、この件においては関係がない。
『その知人に至急、連絡はとれるか? 秘書を通じて少女の父親である夏木会長への面会を頼みたい』
「……交渉してみます」
これは一課長命令だ。会議の終了後、トークアプリの友だちリストから二度と連絡しないと誓った木崎愁の名前をタップした。
夏木十蔵への面会を依頼する旨を綴ったメッセージを愁宛てに送る。舞が関わっていることを匂わせれば、愁も美夜の連絡を無視できない。
『知人って男だろ』
九条と二人きりの会議室。会議は終わったのだから立ち去ればいいのに、彼はまだ隣の席にいた。
「男でも女でも関係ないでしょ」
『あの口振りからして全員が知人が男だと気付いたと思う。そこはお前のプライベートだから誰も突っ込まないけどな。秘書が神田の彼氏だろうと雨宮失踪とは関係がない』
関係がない? 本当にそうだろうか?
木崎愁が持つ顔は夏木十蔵の秘書の顔だけではない。あの男は伊吹大和を殺した殺人犯。
愁は銃の扱いも手慣れていた。
美夜を抱きしめたまま片手で正確に大和の頭を撃ち抜けるのは相当な腕前だ。彼の銃の腕は一朝一夕の付け焼き刃ではなく、長年の経験と勘で培われている。
──[今日18時。夏木コーポレーション、一階エントランス]──
メッセージの送信から約5分後。それだけの簡素な内容の返信が送られてきた。
18時まであと2時間。
彼と、どんな顔をして会えばいい?
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