3-13
三人は裏門から敷地内に伸びる小道を歩く。ここから見えるC棟の教室は外から中の様子を窺わせないためにカーテンが締め切られていた。
カーテンの向こうにいるであろう怯えた生徒達。C棟二階の社会科教室に中等部の生徒が、四階の理科室に高等部の生徒が閉じ込められている。
裏門を通過して1分が経つ。あと9分後にSIT第一部隊のC棟制圧が開始される。
美夜と九条に与えられた任務は
A棟、B棟、C棟、すべての棟が見渡せる中庭の中央部には噴水があり、噴水を囲うように白塗りのベンチが配置されている。気候の良い昼休みにここでランチタイムを過ごす生徒の光景が目に浮かぶ。
今はそのベンチに男が座っていた。大柄で丸刈り頭の男はこのフレンチシックな中庭では非常に浮いた存在だ。
第一関門突破の相手は意外にも犯人グループのリーダーと目された滝本航大だった。
『刑事が二人と……そこにいるのは夏木会長の秘書だな。10年前には見なかった顔だ。有能な会長秘書の評判は巻田くんから聞いてる』
愁の情報も夏木コーポレーション元社員の巻田を通して犯人側に筒抜けのようだ。銃を構えた九条が滝本に詰め寄った。
『滝本、降伏しろ。学校の周囲は警察が包囲した。逃げられないぞ』
『降伏する気も逃げる気もない。俺達は全員、“奪われた者達”だ。館山の平和な暮らしを夏木十蔵は金儲けのために破壊した。だから今度は俺達が命を懸けて壊してやるんだよ。夏木十蔵が築いた腐った城をな』
ハッカーを擁していない彼らを美夜が厄介だと感じた点がひとつある。少なくとも滝本は死を恐れていない。
滝本は夏木会長の謝罪会見がなければ16時の爆発と共に一四〇〇人の人質を巻き込んで死ぬ気だ。むしろそれが夏木十蔵の罪の重さを世間に訴えかける唯一の手段だと滝本は信じている。
この犯罪は
後方の殺気を感じ取った美夜達は瞬時に三方向に散った。細腕でナイフを振り回すひょろりとした体格の男は堂々とした佇まいの滝本とは違って怯えている。
インカムに届いた情報ではひょろりとした男はリゾートホテル計画反対派最年少の飯森裕久。
滝本と飯森が同時に攻撃を仕掛けて来た。飯森は血走った眼で
女の美夜が最も狙いやすいと飯森は考えたのだろうが
向かってくるナイフの刃先をかわして腕を捻り上げ、ナイフを払い落とした。美夜の肘打ちが飯森の首に入った直後、愁が飯森の顔を蹴り飛ばす。
美夜と愁の連携攻撃でひょろりとした男は呆気なく倒れ伏した。
『コイツもしかして一番弱い奴?』
「弱いからめちゃくちゃに武器を振り回すのよ。こっちはこれで片付いたけど問題は……」
スポーツジムトレーナーの滝本航大は空手三段の有段者。
俊敏な動きで次々と空手技を繰り出す滝本に九条は苦戦を強いられている。九条だけでは滝本に太刀打ちできない。
『
『離せって言われて離す馬鹿はいねぇよ』
仲間の飯森が倒されたことで滝本の怒りのスイッチが入った。わずかに防御が遅れた九条の腹に滝本の拳がめり込んで咳き込んだ九条がうずくまる。
防弾ベスト越しでも拳の衝撃は食い止められない。
「九条くんっ!」
気絶した飯森の両手に手錠をかけ、九条の応戦に向かおうとした美夜は不意に愁に腕を引かれた。
そのまま近くのベンチの裏に引きずり込まれた刹那、耳を
たった今まで美夜が立っていた場所にめり込んだ銃弾。九条と滝本に気を取られていた彼女は狙撃の気配にまるで気付かなかった。
「銃弾……どこから……」
『B棟外階段の下』
弾避けに利用したベンチの背もたれから姿勢は低くしたまま目線だけを上げる。愁の言った通り、B棟の外階段の下に男がいた。
男は銃を構えながら空いた片手の人差し指を空に向けて折り曲げ、挑発のジェスチャーを残して走り去った。
美夜は耳元のインカムを接続した。
「こちらに発砲してB棟からA棟方面に向かって行った男……二人いる木羽会の男達のどちらかだと思います」
{待って、映像確認する。……狙撃者は木羽会の梶浦よ。さっきまでC棟にいたはずだけど、B棟とC棟の渡り廊下を使って移動してきたのね}
A棟方面に逃げたのは木羽会の梶浦。梶浦の狙撃に気付いた愁が美夜をベンチ裏に隠さなければ、美夜は今頃撃たれていた。
『勝手なことしやがって……っ!』
滝本の苦々しい独り言が聞こえた。たまたま梶浦の銃に狙われたのは美夜だったが、着弾の位置次第では戦闘中の九条や滝本、気絶して地面に伸びている飯森に銃弾が当たっていた可能性がある。
梶浦には味方も敵も関係ないということだ。
滝本は自分達を“奪われた者達”と言い表した。滝本や飯森を含むリゾートホテル計画反対派メンバーが奪われたものはホテルやショッピングモール建設によって失った館山の自然と穏やかな暮らし、嘘の悪評を流されて潰されたペンションや喫茶店だろう。
だが、リゾートホテル計画とはまるで関係がない他の者達は何を奪われた?
この立てこもりの犯人グループ、内情は仲間同士の連携と意志疎通がまるで取れていないのではないか。発砲した梶浦に対する滝本の独り言がそれを物語っている。
「狙撃もあのジェスチャーも来るなら来てみろって煽られてる気がする」
『逃げるだけならわざわざ発砲して存在ばらす必要ねぇからな。どうする?』
「梶浦の動きは気になる。でも滝本を突破しないとA棟には行けないし、ここで九条くんを置いてはいけない」
舌打ちした愁はインカムを装着していない側の美夜の耳元に唇を寄せた。胸元の小型カメラに音声が入らない程度の声量で愁が囁く。
『射撃と武道どっちが得意?』
「強いて言えば射撃」
『じゃあ梶浦を追え。俺がそれを持つのはまずいだろ?』
愁の視線は美夜の手元の拳銃に注がれた。刑事の美夜や九条よりも殺戮の場数をこなしている愁の方が銃に慣れている。
警察学校で射撃訓練を受けた警察官であっても所属部署によっては滅多に拳銃は撃たない。
特殊な任務を授けられたSATやSIT、要人警護のSPは別として、現場で一度も銃の引き金を引かずに定年を迎える刑事も少なくない。
拳銃の携帯命令や上司からの発砲許可、刑事が銃を撃つまでには細かな手続きが必要となる。美夜もこれまでに現場で銃を撃った回数はせいぜい片手で数えられるほど。
ヤクザを相手にした銃撃戦の適任者は愁だ。でも愁にはこの銃を預けられない。
「一応あなたは民間人だからね」
『一応な』
「九条くんに動きを合わせられる?」
『あっちが俺を歓迎してくれたら』
九条と滝本の格闘は続いているが、九条ひとりでは歯が立たない。愁と二人がかりなら滝本を押さえられるだろう。
腕時計で確認したSITのC棟突入まであと2分。その後のB棟とA棟への動線を作るためにも、ここで滝本と梶浦とは決着をつけたい。
「九条くんは利き目が右で左の視野が狭くなりがちだから、できたら左側のフォローをお願い」
『わかった』
この場を愁と九条に任せ、美夜は梶浦を追ってA棟方面に走り出した。
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