3-12

 日比谷通りに面した紅椿学院高校の正門前にはマスコミの群れができていた。テレビ局のジャケットを着た男と女、脚立に乗って学校内部の写真を試みるカメラマンやリポーターがこぞって歩道を塞いでいる。


テレビカメラの前でマイクを握る男が『未来の淑女達を夏木コーポレーションは救えるのでしょうかっ? 夏木会長、もしもこの放送を見ていましたら、囚われになったお嬢様と少女達の命を救うために私達の前でリゾートホテル開発の真実を話してください』と訴えかけていたが、彼らにとっては企業や金持ちのスキャンダルはとっておきの美味しい蜜。


『こちらは謝罪をしない意思を報道に発表してねぇからな。うちの会長に何を期待してるんだか知らねぇが情に訴えても無駄だ』


 蜜に群がるハイエナを遠巻きに傍観する美夜の隣で愁が苦々しく吐き捨てた。

学校立てこもりを生中継すれば視聴率は跳ね上がる。あわよくば夏木コーポレーションに押し掛け、謝罪会長の中継までこぎ着けようと企むマスコミの魂胆が透けて見えた。


「謝罪をすれば企業としてテロリストに屈した形になるし、しないならしないで今度は娘を見捨てたと世間にバッシングされる。どちらにしてもリゾートホテル計画の真相はうやむやにはできないよ」

『後始末は俺が走り回らないとならない。面倒くせぇ……』


 館山リゾートホテル計画の裏側と舞のいじめを告発する動画は再生数が配信から約2時間後の14時の時点で二万回を越えた。


犯人グループの指示で舞のクラスメイト達が自身のツイッターに、ハッシュタグ〈#紅椿学院高校立てこもり〉〈#館山リゾートホテル開発問題〉を添えて動画のURLをSNS上で拡散させていることも動画の再生数増加に拍車をかけた。


 マスコミの目を避けて美夜と愁は開かずの門となった正門とは反対の裏門側に回った。先に裏門の周囲を偵察していた九条とアイコンタクトを取る。

今のところ付近に犯人グループの姿は確認できない。


フランスや英国など海外の学校を彷彿とさせる洒落た外観の正門とは異なり、裏門はアルミ製のアコーディオン門扉だった。門の背丈は美夜の身長よりわずかに高い。


 用紙にプリントアウトされた紅椿学院高校の構内図を見下ろしていた美夜は視線を上げ、裏門を通して見える景色で一番背の高い建物を指差した。


「奥にある建物が舞ちゃん達がいるA棟よね。A棟のドームみたいな屋根は何だろう」

『あれはプールだ。女子校だからか、盗撮や覗き防止で屋上にプールがある。屋根は開閉式だって舞が言ってたな』

「開閉式……」


 日比谷通りに面した西側に建つ地上七階建てのA棟は一階に昇降口、音楽室が二つ、調理室が二つ、被服室、高等部中等部兼用の保健室がある。


 二階が中等部一年生の教室、書道室と礼法室、三階に中等部二年生の教室と美術室が二つ。

四階は中等部三年生の教室、中等部と高等部それぞれの生徒会室。A棟とB棟を繋ぐ渡り廊下がある階は二階と四階だ。


 五階に高等部一年生、六階に高等部二年生、最上階の七階が高等部三年生の教室となりドーム型屋上プールはその上。

美夜達が目指す舞と雪枝のクラスは五階の高等部1年C組。裏門から最も遠い場所だった。


 犯人グループが立てこもりっている建物はA棟だけではない。敷地中央部に位置するB棟は地下一階の地上四階建て。


 B棟地下一階は剣道場と弓道場、一階が高等部職員室と中等部職員室、放送室、事務室、中等部校長室、高等部校長室、二階が多目的学生ホール、三階が図書室と自習室。

四階が中等部高等部兼用のカフェテリア。


 四階のカフェテリアにはB棟にいた高等部と中等部の教員が集められている。サイバー犯罪対策課が学校のセキュリティシステムのハッキングに成功したおかげで、校内の防犯カメラの映像はすべてリアルタイムで対策本部のパソコンに届いていた。


現在、B棟内で姿が確認できた犯人グループは三人。ペンション元経営者の新堂夫妻と喫茶店元マスターの安西智人だ。


 語学や理科系の特別教室が配置された東側のC棟はL字を逆さまにした形の五階建て。C棟は裏門の目の前にある。

C棟を占拠しているのは木羽会の二人組とリゾート開発反対派では最年少だった飯森裕久の三人。


 まず九条が門扉の柵に両手と両足を引っ掛けてよじ登り、彼は軽々と門を乗り越えた。音を立てずに地面に着地した九条に続いて愁が門を越える。


 男二人は軽々と越えられる開かずの門も女の美夜には一苦労だ。自分の身長よりも背の高い門扉の柵に手をかけ、体重移動を繰り返して上に登る。

高所恐怖心ではなくとも門の頂点まで来れば微かな恐怖に襲われる。ここで犯人に狙撃されたら美夜は一貫の終わりだ。


 慎重に柵の向こう側に足を引っ掻け、頂点を乗り越えた。愁と九条はこの地点から飛び降りていたが、さすがに彼らと同じ真似はできない。

下に視線を下ろすと愁がこちらに向けて片手を伸ばしていた。


『落ちたら受け止めてやるよ』

『俺達のどっち側に落ちるか考えておけよ』

「落ちません」


 美夜の真下で待機する男二人の視線を肌に感じつつ、アルミの柵の中間部まで足を下ろした彼女は愁の手も九条の手も借りずに軽やかに地面に着地した。


普通の女は怖くて降りられないと甘えて男の手を借りるだろう。しかし美夜は刑事であり、今は捜査中。こんな時に女扱いは不要だ。

愁と九条も美夜がそういう女ではないとわかっていた。


「敷地内、全員入りました」


 対策本部に繋がるインカム越しに真紀に状況を報告する。


{SITの第一部隊を向かわせた。あなた達がそこを通過した10分後にまずC棟から制圧する。それとさっきの神田さんの提案は一課長が上に掛け合ってるから}

「お願いします。学校のセキュリティシステムをこちら側で操作できるなら、おそらく可能なはずです」


 立てこもっている犯人達の経歴やこれまでのやり口を見る限り、犯人グループに情報機器に強い人間はいない。学校を占拠して外部との接続を遮断したつもりでも、警察は易々と学校のセキュリティシステムのハッキングに成功した。


犯人グループにひとりでも情報機器に精通した人間がいれば校内の防犯カメラ映像の入手も難しかった。


{現在の防犯カメラの映像では滝本と巻田、水穂、木羽会の吉井が見当たらない。奴らがどこに潜んでいるかわからない。周りに注意して}

「了解」


 学校を出る直前に確認した映像では滝本はA棟の一階廊下、巻田と水穂はA棟四階の廊下で姿を記録されている。木羽会の吉井はC棟の三階と四階を繋ぐ階段の踊場にいた。


滝本、巻田、吉井、水穂。姿の見えない四人は防犯カメラの取り付けがされていない場所に潜んでいるのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る