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 告発動画を流した動画配信サービスのアカウントの持ち主も判明した。

アカウント所有者は宮島知佳。前科はなく、動画配信アカウント開設の際に登録された個人情報によれば年齢は二十歳。


防犯カメラで確認できた犯人グループの若年女性は二人。若い二人の女の身体的特徴は対照的で、ひとりはショートヘアで長身痩せ型、もうひとりはロングヘアの中肉中背だった。

河原水穂はショートヘアーの痩せ型であるから、ロングヘアで中肉中背の女が宮島知佳だろう。


『九条、犯人グループに繋がる手がかりを雪枝は言っていなかったか? この数ヶ月で誰かと知り合っただとか彼女の学校以外の交遊関係について、何でもいいから思い出してくれ』


 上野一課長に問われた九条は困り果てた顔で眉間にシワを寄せた。


 滝本航大を含めた千葉県館山市のリゾートホテル開発計画反対派メンバーと木羽会の生き残りの構成員、東京都在住の河原水穂と宮島知佳、紅椿学院高校生徒の大橋雪枝、彼ら彼女らを結ぶ繋がりはいまだ不明。


身元が判明している人間を例に挙げても千葉県在住者、ヤクザ崩れの前科者、月曜日の切り裂きジャックの姉、二十代のフリーター、私立女子校に通う高校生。


年齢と居住地の情報だけでは犯人グループと雪枝の接点がまったく見えない。


『犯人グループに繋がるかはわかりませんが、夏に雪枝ちゃんと会った時に匿名のチャットアプリを利用していると聞きました。チャットアプリで知り合った人に色々と相談に乗ってもらっていると……』


 各方面から刑事達の落胆の溜息が聞こえた。犯人グループのメンバーに統一性がない犯罪の場合、大概が犯人達はインターネットを介して知り合っている。


 落胆の空気が図書室に充満し始めたタイミングで、表で門番をしていた警官が控えめに扉を開けた。


『上野一課長、夏木コーポレーションの会長代理を名乗る方が一課長に面会したいと。こちらで身元と所持品を確かめましたが、不審な人物ではなさそうです』

『通してくれ』


 警官の後ろから現れた黒いスーツの長身の男は、落胆に包まれた場の空気を瞬時にさらった。

誰もが、息を呑んだ。そして男を目にした誰もが次に視線を注いだのは神田美夜だった。


『夏木会長の秘書をしている木崎と申します。会長の代理で参りました』


 刑事達の狼狽の視線を一気に集めても木崎愁の立ち姿は悠然としている。椅子から立ち上がった上野が本部の責任者だと名乗り、上野と愁が会釈をかわす間も美夜は彼を見つめ続けた。


もう会わないと誓って別れた男と戦地で再会するとは、一体何の因果だろう。視線に気付いた愁が苦笑して美夜と九条に顔を向けた。


『そんなに驚くなよ。相棒も揃いも揃って化け物見たような顔してるな』

「私はそこまで驚いてもない。舞ちゃんが人質にされている状況で会長秘書のあなたが出て来ないはずがないもの」


 半分は強がり、半分はシミュレーション通りだ。愁の立場を考えれば、会長代理で彼が対策本部に現れる展開も容易に想像できた。


 愁には夏木十蔵専属の殺し屋、ジョーカーの嫌疑がかけられている。彼はそれを承知で警察の陣営に乗り込んできた。


周囲を刑事に囲まれても愁は怖じ気づかない。それに今の愁は犯罪の嫌疑がかかる参考人ではなく、あくまでも企業の会長秘書。

愁にたずねるべき内容は今はジョーカーの話ではない。


上野が進み出た。


『木崎さん、この一件を夏木会長はどう収拾をつけるおつもりですか? 犯人グループは夏木会長にリゾートホテル開発に関する謝罪を求めていますが』

『会長は謝罪も会見もするつもりはないそうです。人質解放のために夏木会長が声明を出すことはありません。勝手な言い分で申し訳ありませんが、事件の処理は警察に一任します』

「娘が人質になってるのに夏木会長は謝罪会見すらしないの?」


 代理で愁を寄越よこした時点で、夏木十蔵の協力が見込めないことは察しがついていた。それでも実の娘の命のために頭を下げるくらいの夏木の良心を信じたかった。


『夏木十蔵はそういう人間だ。お前ならわかるだろ?』


愁を責めても仕方がない。それに誰よりも怒りをあらわにしているのは愁だ。

崩れかけたポーカーフェイスの裏側が美夜には見えた。舞の命と自分の体裁を天秤にかけた夏木十蔵にも、舞を人質にした犯人グループにも、愁は強い怒りを感じている。


『10年前のリゾートホテル開発事業は俺が会長秘書になる前の話だが、当時の計画に関わっていたのは夏木十蔵と社長の徳田とくだ、リゾートホテル計画担当責任者だった今の常務の福井ふくい。福井の次女も同じ学校の中等部にいる。娘を人質にされてるのは福井も同じだ。でも福井に泣きつかれても夏木は謝罪はしないの一点張り。頑固なクソジジィだ』


 美夜に吐き捨てた愁は上野に向き直った。スーツの内ポケットをまさぐる彼が刑事達の前にかざしたのは黒色のUSBメモリだ。


『これが千葉リゾートホテル開発の機密データです。ここに反対派メンバーの詳細な情報が入っています。そちらに必要な情報でしょう?』


 愁が上野に差し出したUSBメモリはすぐにパソコンに差し込まれた。愁が持ってきたのはリゾートホテル計画反対派メンバーの一覧データだ。

一覧には10年前に反対派メンバーに所属していたと思われる人間の顔写真、職業、当時の住所と家族構成が詳細に書き込まれている。


「よくこんなもの持ち出してきたね……」

『機密ファイルのパスワード管理をしているのは俺だからな。自分が設定したパスワードならロックの解除も簡単だ』

「一応、秘書の仕事は真面目にやってるのね」


 機密データに入る反対派メンバーの顔写真と防犯カメラの映像をSIT所属の捜査員が顔解析ソフトを使用して解析、不明だった二十代から五十代の男女四人の身元が新たに判明した。


 二十代の男は滝本と同じくリゾートホテル計画反対派に所属していた飯森裕久。リゾートホテル計画が持ち上がった2008年当時、飯森は館山市内の高校に通う学生だった。


壮年の男女三人はNATSUKIリゾートシーグラス館山が建つ場所にてペンションを経営していた新堂瑛太と妻の未季、喫茶店経営者だった安西智人。

この安西の喫茶店は飯森のバイト先でもあった。


 新堂のペンションも安西の喫茶店もリゾートホテル開発で立ち退きを余儀なくされた。滝本の告発が正しければ、彼らはペンションや店のありもしない悪い評判を流されて経営難に追い込まれた哀れな経営者達だ。

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