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クライムアクションゲームを警察が容認する理由は犯罪行為をバーチャルで体感し、日頃のストレスをゲーム内で発散できるため。バーチャル世界でも犯罪行為を禁じてしまえば、発散できない怒りや復讐心は現実に向かう。
趣味嗜好を国に管理、抑制された世界では国民の暴動が起きるだろう。しかし現代の日本では趣味嗜好の選択の自由は認められている。
クライムアクションゲームを好んだとして社会から
けれどエイジェントは利用者の秘めた復讐心に巧みに入り込み、復讐の種に肥料をやり、水を注ぐ。ご依頼受付フォームはまさに差し出された悪魔の手。
〈agent〉アプリの配信元は夏木コーポレーションの子会社であるエバーラスティング。エイジェントとジョーカー、どちらも共通点は夏木十蔵の存在だ。
連続絞殺事件の犯人を仮名でエイジェントとし、夏木十蔵専属の殺し屋、ジョーカーの犯行性質とエイジェントの犯行性質を比較したグラフがモニターに映った。
『殺人代行を請け負うエイジェントの犯行の性質はジョーカーとは合致しない。ジョーカーと連続絞殺犯、エイジェントは別人の線が濃厚だ』
以上が上野一課長と矢野、特命捜査対策室が出した見解の総意。美夜も彼らの見解に同意だ。
ゲームアプリを用いて犯罪者予備軍を探しだし、彼らの復讐心を代行する……そんなまどろっこしい手法を愁が好むとは思えない。
今日の18時には木崎愁の聴取が予定されている。名目は先日の学校立てこもり事件の聴取だが、美夜と九条が装着していたカメラの映像を見れば明らかな事象の話にわざわざ時間は割かない。
エイジェントの話題を切り込まれた時、愁はどんな反応を見せるだろう?
──“ジョーカーは二人いる”──
犯罪組織カオスのキングの言葉が真実ならば、二人目のジョーカーは……。
*
桜田通りを眺めながら冷えた両手に息を吹き掛ける。通りを行き交う真っ赤なテールランプは警告を示す心のサイレンに見えて、彼女の吐息は溜息に変わる。
『デートの待ち合わせにしては色気のない場所だな』
「警察に色気も何もないでしょう」
警視庁本部前で向かい合う神田美夜と木崎愁はどちらも無表情だ。今の美夜は警察官、愁は重要参考人。とうとう、この立場で彼と対峙する日が来てしまった。
「会社が大変な時に呼び出してごめん」
『大変なのは社長と幹部連中だけ。俺は会見のセッティングと根回しが終われば用済み。面倒な後処理を途中で抜けられて感謝してる』
夏木コーポレーション本社で夏木会長と徳田社長による謝罪会見が15時から行われた。
10年前のリゾートホテル開発事業において計画の反対を訴える館山市民との間にトラブルが発生していたこと、ホテルとショッピングモールの建設予定地にあった宿泊施設や飲食店などの店舗への嫌がらせ行為と住民の立ち退き強要を夏木コーポレーション側は
「会見は観たよ。夏木会長の謝罪は原稿をそのまま読んだだけの薄っぺらい言葉だったね」
『あの人は心から悪いと思っちゃいねぇよ。誠意ある謝罪を夏木十蔵に求めるだけ無駄』
夜の街に背を向けて二人は警視庁本部の建物内に入る。ロビーからエレベーターホールに向かうまでにも感じた複数の視線におそらく愁も気付いている。
ここは警察の中枢部、あらゆる場所で美夜と愁に対する監視の目が光っていた。
「でも会見を観た滝本は泣いてた。誠意がなくても夏木十蔵に頭を下げさせた滝本をネットの住民は英雄と称賛してる」
『馬鹿馬鹿しいな』
「そうね。馬鹿馬鹿しい」
10年を費やした復讐の成功の瞬間を滝本航大は泣いて喜んでいた。
美夜には生まれ故郷への思い入れも地元愛もない。悪夢の記憶しかない埼玉の地元を離れたくて彼女は東京に逃れてきた。
犯罪者の十字架を背負ってまで夏木十蔵から館山を取り戻そうとした滝本の気持ちは理解に苦しむ。
犯した罪は許されないが、滝本を含む反対派メンバーの捨て身の立てこもり事件は世論を味方につけた。現状、夏木コーポレーションと夏木十蔵に味方する者はいない。
『立てこもりの動画が出回ったタイミングで会社の株価が下がり始めた。取引先もうちからの引き上げを検討してるようだ。このままだといずれ夏木コーポレーションは沈む』
「倒産してくれた方が良いと思ってる?」
『真面目に働いてる社員達には悪いが、夏木十蔵の権力の象徴が崩れるなら俺はせいせいする』
監視の視線を避けてようやく二人きりになれた場所はエレベーターの中。しかしエレベーター内部に取り付けられた防犯カメラの瞳が美夜と愁を睨み付けていた。
「舞ちゃんの様子はどう?」
『一晩病院泊まって今は家で寝てる。いじめの件でも騒がれてるからな。しばらくは外に出せねぇよ』
夏木十蔵は会見で舞のいじめ問題への言及を避けた。
立てこもりの犯人グループに加担した大橋雪枝の行動も問題とされ、舞と雪枝への非難だけでなく、雪枝の父親が勤めるハウジング会社もSNSや匿名掲示板を中心に
『事情聴取の担当、お前?』
「私がさせてもらえると思う?」
『ふぅん。外されたのか』
「誰かさんのせいでね」
警視庁捜査一課が置かれたフロアにエレベーターが到着した。
美夜と愁の二人きりの時間もここまで。口を開いたエレベーターの向こうで美夜達を待っていたのは小山真紀と杉浦誠、九条大河だ。
信頼する上司と同僚、相棒の顔を目にしても少しも心は穏やかにならない。真紀と杉浦に連れられて取調室に向かう愁の堂々たる背中を見据えた美夜は、覚悟が決まっていないのは自分の方だと悟った。
愁を逮捕したいと思うのも逮捕したくないと思うのも、どちらも美夜の真実だ。
最後の最後に、彼女が選ぶ真実はどちらになる?
「九条くん、私……今どんな顔してる?」
取調室の隣室に共に入った九条に投げた呟きのボールがマジックミラーにぶつかって跳ね返る。マジックミラーを通して見える取調室では、聴取される側の席に木崎愁が座っていた。
取調室よりも照明を落とした薄暗い室内で九条は美夜を一瞥した後、マジックミラー越しの愁に視線を戻した。
『木崎と同じ顔してる。せっかく会えたのにキスもできなくて寂しいって顔。お前らはロミオとジュリエットか?』
「喧嘩売ってる? 真面目に聞いてるの」
『こっちも真面目に答えてるんだけど。一課長と百瀬さんが入ってくる前に女の顔は封印しておけ。今は俺しか見てないから』
触れた頬はいつも通りの手触りだった。九条の言う女の顔は、どこをどうすれば封印できるかさっぱりだ。
両頬を軽く叩いて数秒間、目を閉じる。そのままゆっくり息を吐き出した彼女は、表に出ようともがく女の顔に刑事のポーカーフェイスを被せて蓋をした。
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