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12月10日(Mon)
夏木伶の逮捕から一夜明けた9日早朝より、伶に復讐殺人を依頼した者達の一斉検挙が始まった。
江東区看護師殺人の被害者、下山祐実と復讐代行を執行された芹沢小夏、復讐した相手の父親に殺された金城茉波は依頼人でありながらも故人となっている。
祐実と小夏、茉波を除く2018年12月時点で生存と所在地が確認された依頼人達が殺人教唆の罪を背負って警視庁に連行された。
紺野萌子の兄がマッチングアプリを通して交際していた井川楓の殺害を依頼したのは楓の夫の
憲市はすでに別の女性と再婚していた。来年の春が彼の人生二回目の結婚式だそうだが、警察は結婚式まで逮捕を待ってはくれない。
今日中に憲市は誓いの指輪の代わりに罪人の手錠を嵌めるだろう。
夏に起きたインスタグラマー連続殺人の捜査の最中、来栖愛佳のインスタグラムの投稿写真が暗礁に乗りつつあった美夜と九条の捜査を手助けした。しかしそんな影の貢献者でもあった愛佳は芹沢小夏殺害の依頼人。
伶は愛佳の小夏に対する殺意と小夏の愛佳に対する殺意、両者の殺意を知っていてどちらにも復讐代行の案内メールを送信していていた。
結果的に伶は愛佳の依頼を遂行した。伶が小夏の依頼を遂行していれば、法で裁かれる立場は愛佳と小夏で逆転している。
恋人の手で殺された方がマシか、生きて刑務所に幽閉される方がマシか、どちらが愛佳にとって幸か不幸かは愛佳にしかわからない。
アイドルの望月莉愛集団強姦及びリベンジポルノ騒動の復讐を依頼した莉愛の元マネージャー、国本和志の所在は10日の朝を迎えても掴めなかった。
国本は10月に勤務先の芸能事務所を退職後、行方が不明。東京の自宅は引き払われ、郵便物の転送届けは千葉県の実家宛になっていた。
両親の話では国本は実家には一度も現れていない。彼が使用していた携帯電話も10月に解約されている。
警視庁の専用ツイッターから国本の情報提供を募ったところ、10日の午前中に四国地方で国本に年齢や背格好が似た男の目撃情報が寄せられた。
上野一課長は目撃情報を精査した上で、明日にも四国地方に捜査員を派遣する考えを示した。
犯人逮捕に刑事達が東奔西走する中、美夜と九条は神奈川県警本部の刑事と共に北鎌倉の夏木家別邸を訪れた。
殺害現場は二階の寝室。朋子の殺害から2日が経過し、遺体はとっくに運び出されている。けれど壁に飛び散る赤黒い染みは毒々しい血の色だ。
伶の供述により夏木朋子と木崎愁の男女の関係も明らかとなった。それは不倫というよりも朋子が愁を一方的に人形扱いしていただけの関係だと伶は持論を述べた。
愁の過去の話を聞かされた時から、そんなことだろうとは思っていた美夜は特に驚きもしなかった。
しかし微かに生じた心の痛みは愁の人生を独占し続けた朋子への嫉妬? 女に人生を狂わされてきた愁への同情?
寝室の窓からは庭が見える。あの特徴的な細長い幹はサルスベリの木だ。
“桜の木の下には死体が埋まってる”──梶井基次郎の小説の一節が木崎愁の声で再生された。
『神田? おい、どこ行くんだよ』
無言で寝室を飛び出した美夜を九条が追いかける。神奈川県警の職員達も困惑した様子で階段を駆け降りて一階のリビングに入る二人の様子を窺っていた。
「庭のサルスベリの木の下に、骨が埋まってる」
『骨って誰の……』
「木崎愁の母親」
畳敷きのリビングに面した大きな窓からは葉のないサルスベリがよく見える。12年前、木崎愁はこの場所で初めて殺人を犯した。
人は産まれる時は皆、母親の血にまみれて産声をあげる。愁は生まれた時と同じように、母親の血にまみれながら木崎凛子を殺した。
それが彼なりの埋葬の意味だったのかもしれない。それとも殺人の隠蔽かもしれない。
愁は殺した母親の遺体をサルスベリの木の下に埋めた。あの昔話が事実ならここにはまだ、木崎凛子が眠っている。
九条と県警の刑事達がサルスベリの木の下を掘り返す。地面に差し込まれるスコップがサルスベリの根元の土を掻き出して、木の周囲はたちまち穴だらけになった。
九条の額にうっすら汗が滲む頃、共に土を掘り返していた刑事のスコップが地中の異物に接触した。その後は美夜も含めた全員が手を使って土を掘ると、人間の頭蓋骨や手と足の骨が次々と発見できた。
骨の主は木崎愁の母親、木崎凛子で間違いない。
彼の母親の骨を前にしても心に宿った感情は供養や哀悼ではない。どす黒く渦巻くこの感情は木崎凛子、夏木十蔵、夏木朋子、雨宮冬悟、明智紫音、明智信彦への怒りだ。
虎ノ門の夏木十蔵邸からは雨宮冬悟の指紋がついた明智紫音の日記が見つかった。日記の記述からは自殺直前の紫音の精神状態が不安定であったことが窺えた。
夫、明智信彦からの性行為の強要も含めた暴力、夏木十蔵との不倫関係の苦悩、夏木十蔵に近しい人間を暗に名指しする者からの執拗な嫌がらせ。
紫音に嫌がらせをしていたのは木崎凛子だろう。我が身に襲いかかる悪意に耐えきれなくなった紫音は幼い伶と舞を残して死を選んだ。
愁も伶も舞も、大人達の操り人形でもなければ玩具でもない。
木崎凛子が妊娠中の朋子や紫音に危害を加えなければ、夏木十蔵と紫音が不倫関係にならなければ、明智信彦が紫音と伶に真っ直ぐな愛情を抱いていれば……。
彼らの子ども達にはもっと違う未来が、違う道があったはずなのに。
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