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 翌日、12月25日の日光市の天気は1日を通して雪模様。絶え間なく降る雪が世界を白一色に塗り替える。

天も地も白銀しか存在しない外の世界から、美夜はマグカップを持つ自分の手元に視線を移した。


愁が選んだ紅色のニットとマグカップに入るブラックコーヒー、食べかけのクリスマスケーキ。外の世界が白一色ならこちらの世界は赤と黒と白だ。


 今朝方、指名手配中である愁の顔写真と氏名が電波に乗って世間に公開された。ネットニュースが木崎愁の名を報じたのは25日の朝6時だ。


テレビやSNS、東京の夏木コーポレーションが愁の指名手配に騒いでも美夜と愁が過ごす穏やかな時間は変わらない。別荘周辺に民家は少なく、ここから見える風景は一面の雪原と雪化粧をした山々だけ。


 昨日までの愁は無精髭を生やし、外出の際は伊達眼鏡を着用している。

眼鏡と無精髭の存在はそれがない時と比べると顔の印象が変わるものだ。公開された愁の手配写真には眼鏡と無精髭の付属品は存在しない。


ショッピングセンターですれ違った買い物客も店の従業員も、女連れで買い物をしていた男が指名手配犯だとは思わない。服屋で愁に熱い眼差しを送った少女達が指名手配のニュースを目にしても気付かないだろう。


 現在は25日の15時。二階の窓辺で毛布にくるまって座り込む美夜と布団に寝そべる愁。二人共、時間と空気を共有しながら別々の小説の世界に入り込んだ。


 コーヒーと煙草と甘酸っぱいケーキの香りを纏った怠惰たいだなまどろみが流れている。

時折、物語の世界から帰還した二人は目を合わせ、手を重ね、唇を触れ合わせ、一糸纏わぬ身体を重ねた。


 25日が静かに暮れた終夜よもすがら、愁に抱かれて迎えた12月26日。外の雪景色には目もくれず、暖房の効いた和室で抱き合う男と女。


天高く昇る太陽は雪に隠されて見えないが、こんな昼間から情欲を貪る背徳感は退廃的で耽美たんびだった。


 美夜の中に侵入した愁はゆっくりと時間をかけて、ぐちゃぐちゃにとろけた彼女の奥を優しく激しく犯し続けた。


 吐息と共に漏れ出る美夜の甘い声を聴けるのは愁だけ。刺激と快楽に乱れて溺れる美夜を知るのも愁だけ。


 薬指に鈴蘭の指輪が光る美夜の左手と愁の右手が淫靡いんびに絡まった。そのうち右手と左手も指を絡めて、ぎゅっと強く互いを握る。

汗ばんだ美夜の乳房と汗ばむ愁の胸板がぴたりと寄り添い、快楽にく美夜の声は愁の唇に封じられた。


 美夜の最奥めがけ、どくどく、どくどく、彼女の中で膨らんだ愁の分身が脈打って、どろどろの欲を解放する。愁が吐き出す白い蜜の味は、退廃的で耽美な背徳の味。


 しわくちゃのシーツの上でしばし二人は無言で果てる。愁はすぐには出ていかず、名残惜しげに美夜の奥を堪能し続けていた。


こうしている間にも、美夜の奥は愁に注がれた白い蜜をごくごくと飲み干している。もしもその蜜の種が子宮に届いたなら、別の人格を持つひとりの人間が美夜の内部に宿るだろう。

汚ならしく情欲を貪る行為が子作りと同義だなんて、堕落と生命の神秘は紙一重。


 逃避行の情事に避妊も妊娠もくそ食らえ。避妊具の用意さえなく欲を貪る自分達は子を宿す資格のない最低な大人だ。


 別荘に滞在して3日目。喉が渇けば酒を口移しにあおり、小説を読んでいたかと思えば読書を放棄してセックスをして、泥のように眠る。

そんな自堕落の日々を繰り返していては、女刑事が主人公の小説のページがまったく進まないのは当然のこと。


コーヒーとケーキの愛らしい匂いが消え去った室内は、バニラに似た甘い香りの煙草と二人分の体液のすえた臭いが交ざり合う欲の沼だ。


 畳の上であぐらを掻きながら煙草を咥える愁と乱れたシーツにしがみついて寝そべる美夜。

事後の美夜は隣で煙草をくゆらせる愁の口元や手元を直視できなかった。


煙草を咥える唇がどこに押し当てられ、舌がどこを這い、煙草を持つ指先がどこに触れたか、美夜の身体は記憶している。

理性を取り戻した状態で愁の唇や指を視界に捕らえるたび彼女は羞恥に襲われて、けれど無意識に視点は恋しい相手に固定された。


 上と下で目が合ってそらして、また目が合ってそらす、瞳の駆け引きの繰り返し。次第に熱を増す視線の交わりに降参した美夜は身体を毛布に潜り込ませた。


羞恥に狼狽える美夜の挙動に愁は笑って、毛布に隠れた彼女の頭に片手を伸ばす。


『さっきから何してんだ。恥ずかしがり屋のカクレンボ?』

「ほっといて」

『顔こっちに見せろよ。寂しいだろ?』


 熱っぽい頬を枕に擦り付けて拒否しても、どうせ駆け引きは美夜の負けだ。毛布の上から美夜の身体を撫でていた愁の片手が毛布の内側に滑り込んで、キスマークだらけの白い背中をすっとなぞった。


「くすぐったいっ……」

『早く顔見せねぇと、くすぐったいだけじゃ終わらなくなるぞ?』


 毛布が剥がれて露になった背中からウエストラインを行き来する愁の指先が臀部でんぶの割れ目に到達して美夜を焦らした。


『強情だな。嫌いじゃねぇけど』

「あっ、お尻揉まないでよっ……!」

『尻は揉むものだって保健の教科書に書いてあった』

「そんなこと書いてないっ」


男と女の低レベルな会話。美夜の人生で、こんなに無意味な会話を交わした相手は愁が初めてだ。

セックスをした直後の脳はきっと、思考を停止させている。自分の機能がバグってると思えば、この陳腐な時間も楽しかった。


 美夜の臀部を這っていた愁の指が少しずつ色気を纏い始めると、期待の高揚で枕に伏せた顔が熱くなる。このままでは本当にくすぐったいだけでは終わらなくなりそうだ。


陰部から尻の穴まで、身体の汚い場所はすべて愁に見られている。性の快楽に壊れる姿も晒している。

もはや愁に見られていない汚い部分は残っていない。……本当に?


 妖しげな彼の指の動きに身の危険を感じて身体をよじれば、ほらもう、彼の思惑通り。

満足げに微笑する愁の顔がそこにあった。

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