3-3

 再会は予期せぬ形で訪れる。相変わらず完璧に整理整頓された豊島区の町に、あの戸建て住宅は変わらず存在していた。


 神田美夜と九条大河は数名の鑑識係を引き連れて潔癖な一軒家の内側に入り込む。白髪混じりの疲れた男の案内で彼女達は二階の一室に足を踏み入れた。


故人の生真面目な性格を反映した部屋は乱雑な箇所がひとつもない。ベッドは整えられ、脱いだパジャマも綺麗に畳まれてベッドの上に添えられていた。


 ここが紺野萌子の部屋。ジェンダーレスの思想が浸透した昨今に何を持って女らしい、高校生らしいと表現するかはわからないが、十七歳の少女の自室にしては余りにも飾り気のない部屋だ。


 彼女の部屋にはアイドルのポスターも、マニキュアや流行りの香りの香水瓶も、ぬいぐるみやアクセサリーも、一般的な女子高校生の部屋にあるとされる装飾品が一切置かれていない。

かといって女らしさを一切合切排除したメンズライクな持ち物で溢れているとも言い難く、性差を感じさせない必要最低限の物が決まった場所で姿勢よく並んでいた。


 荒川第一高校二年生の紺野萌子の死体が発見されたのは12月1日土曜日の20時頃。


現場は荒川区南千住八丁目に広がる都市型の巨大緑地公園。隅田川に面した展望広場の階段に腹部から血を流した少女が倒れているのをランニング中の男性が発見した。

死因は刃物による刺殺。彼女が着ていたコートやセーターは血まみれだった。


 1日18時頃の南千住駅の防犯カメラに萌子の姿が確認できた。萌子は父と兄には外出の目的を友人と会って食事をしてくると話している。

しかし萌子の父と兄は彼女の交遊関係を把握していない。土曜の夜に会う約束をした友人が男か女かも彼らは心当たりがないそうだ。


 現場周辺は都営住宅の団地や背の高いマンション群に囲まれている。だが近隣の住民達も12月の日が暮れた時間帯にわざわざ公園に遊びには行かない。

南千住駅前や犯行現場付近での不審者の目撃情報は皆無だった。


 萌子が通う荒川第一高校は何かと不幸続きだ。春には教師が殺人罪で逮捕、先月に捕まった月曜日の切り裂きジャックは荒川第一高校の男子生徒だった。

そして今月になって萌子が殺された。


 8ヶ月前、萌子の元担任教師の陣内克彦が萌子の継母をホテルで殺害した。事件当時、高校の教頭や担任教師の話から推察した萌子の対人関係は良好とは言えなかった。

校内で親しくしている友人はおろか、恋人もいないはずだ。


 ひとつ、気になる情報を萌子の担任から入手した。先月中頃に昼休み後の午後の授業を1時間分、萌子は欠席していた。

担任や保健医への届け出がない無断のサボりは萌子が入学以来始めてのことだった。


優等生の気まぐれな反抗とも解釈できるが、もうひとり無届けで同じ授業を1時間サボった生徒がいた。萌子のクラスメイトの山岸勇喜。

あの月曜日の切り裂きジャックだ。


 女子児童連続切りつけ事件を起こした勇喜は少年鑑別所かんべつしょに収容されている。鑑別所を訪れた美夜は該当する日時に萌子と一緒にいたかと勇喜を問い質すと、彼は首を縦に振って肯定した。


授業をサボって何をしていたとの問いには少し言葉を詰まらせつつ、武道棟の外階段で萌子と性交渉をしたと述べた。


 勇喜の言い分では誘ってきたのは萌子だ。けれど萌子と勇喜は恋人ではなく、二人は恋人になろうともしていなかった。

それどころか親しい友達ですらない。その日までクラスメイト以上の関係ではなかったのだ。


そんな薄い関係の少女と少年がある日突然、肉体関係を結ぶに至った心の動きは大人には理解が難しい。

思春期の性への好奇心や場の流れと言ってしまうのは簡単だ。あながちその解釈も間違いでもない。

勇喜はそれが初めての性行為だった。


 但し、紺野萌子は性交渉が初めてではなかった。何をどうすればいいか戸惑う勇喜をリードする萌子に勇喜は初体験の相手を尋ねたが、萌子はかたくなに相手を教えてくれなかったらしい。


 萌子の訃報を聞いた勇喜は驚きつつも萌子はいつか誰かに殺されるかもしれないと思ったと口にした。

父親や兄が語る萌子の人となりは、賢く純粋なイイ子。だが、勇喜が語る萌子の評価は彼女の家族とは真逆だった。


 ──『俺、いじめはいじめる方が悪い派なんです。それを踏まえて聞いてもらいたいんですけど……。紺野みたいないじめられ体質になると、いじめられる方にも原因があると思いませんか? ツイッターでこういう発言をするとそんなことない、いじめられる人間に落ち度はない、いじめる人間が悪いに決まってるって噛みついてくる奴が絶対いるんですよ。だけどいじめる理由もいじめられる原因も場合や人によりけりと言うか、一概には言えない微妙な部分がありますよね……』──


 そんな切り出しで勇喜は話す。萌子は自分以外の全ての人間を小馬鹿にしていた。教師も同級生も親も兄も、萌子は馬鹿にしている。

無意識なマウント、上から目線の物言いは思春期の少年少女が毛嫌いする要素だ。


萌子はいじめられている私は可哀想と、悲劇のヒロインを気取っても現状を打開しようとはしない。いじめる人間に立ち向かうことも、いじめを学校に告発しようともしない。

いじめを受けながらいじめる人間を馬鹿にして、それが悪循環となってさらなるいじめの連鎖を生み出す。


 肉体関係を結んだ間柄であっても勇喜は萌子を天性のいじめられ体質と中傷した。

自分が萌子の人柄を悪く言う資格はないが、どこかで怨みを買っていてもおかしくはない、萌子は人に嫌われる理由を自分から作って歩いている人間だった、と。


 勇喜の分析に美夜はおおむね同意した。紺野萌子の本当の姿は父親と兄が知る彼女とは別の人格。

決して多重人格ではない。父と兄の前では出さなかった負の部分を彼女は学校という狭い世界で出してしまっただけ。


十代中頃を過ぎた大抵の人間は、その発言をした結果の相手や周りの反応がどうなるかまで思考できる。場の空気を読みすぎて気持ちを内に抱え込み、鬱になる人間も多い。


 勇喜のいじめられる側が時に悪い論も彼はSNSで発言すれば反論の攻撃に合うだろうと結果を予想できていた。それなりの教養と人生経験を重ねれば、おおやけの場で言っていいこと悪いことの分別はつくものだ。

分別のつかない人間が失言を繰り返すのだろう。


萌子の場合は無邪気で無自覚、無意識な上から目線の言葉や人を馬鹿にする態度が相手を傷付けていた。

それが嫌われる原因になるとは思わずに他者へ言ってはいけないこと、してはいけないことが萌子には上手く分別がつかなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る